天女の血
その鮮やかな色に、美鳥は眼を奪われる。
綺麗だと思う。
さっき言われたことや、笑っているところが、頭によみがえった。
優しいひと。
胸の中で、心臓が一度大きく揺れた。
ふと。
男の眼がふたたび美鳥のほうに向けられた。
「なァ、アンタの家はこの近くか?」
問われた。
だから、美鳥はうなずいた。
男は少しほっとしたような表情になる。
「そうか、そりゃ良かった」
そして。
「じゃあな」
あっさりと踵を返した。
去っていこうとする。
美鳥は驚いた。
「ちょっと待って」
あせって、呼び止める。
まだ名前さえ知らないのだ。
このまま別れてしまえば、もう二度と会えない気がする。
男は立ち止まり、振り返った。
「なんだ? やっぱり家の玄関まで送ったほうがいいか?」
「そうじゃなくて」
否定しながら、美鳥はこれから先なにを話すかを考えた。
頭にひらめいたことを、即座に口にする。
「警察に通報しないと」
あの吸血鬼事件の犯人と思われる男に襲われたのだ。
自分は被害者のひとりであると同時に、目撃者である。
犯人逮捕のために警察に通報するべきだろう。
しかし、眼のまえにいる男は顔をしかめた。
「そりゃあ、通報したほうがいいんだろうが」
あきらかに否定的な様子である。
「でも、警察になんて言うつもりだ? 犯人は、眼が赤く光って、頭に角が二本あって、鋭い牙もありましたって言うのか?」
「……」
「頭のおかしいふたり組だって思われるだけだろ」
「……」
「それに、神社の石灯籠、壊したのは向こうだが、下手すりゃ、こっちのせいにされるかもしれねえ。弁償なんてことになったら、あの石灯籠、高いだろーな」
男の指摘はいちいち的確で、美鳥はまったく言い返せなかった。