【勾玉遊戯】inside
ACT,8
警察署にその男がやってきたのは、その日の午後遅くであった。
「こちらに、三条さんという方がいらっしゃると思うのですが……」
腰の低い感じの男がやってきた――煙草をくわえた捜査官は、警察署の入り口できょろきょろしている青年を見て、そう思った。
庁舎警備にぺこぺこ頭など下げたりして、面白いことをしているものだと見ていると、青年はやがて受付の方でそんなことを尋ねた。
捜査官はアルミの灰皿に煙草を押し付けて潰した。
「三条って――一昨日、逮捕されてきた? 三条允太郎と……それから頼子と裕行さん?」
声をかけると青年が振り向いて頷いた。
「ああ、ええ」
「なに? 面会?」
煙草を揉み消す。
ソファから立ち上がると、青年は捜査官の姿を認め、歩み寄ってきた。
「あのう……あなた担当の捜査官ですか? 三条さんの取調べは?」
「ああ、いま休憩中。ほら、ちょうど食事どきでしょう」
壁の時計を指差してやる。七時だった。
すると、青年は何やら人好きのする笑顔で、それはいい、などといった。
「いいこころがけです」
「なんだい、あんた。弁護士?」
にこ、と青年が笑った。
「あ、申し遅れまして――私、こういう者です」
差し出されたのは、名刺だ。
「三人とも勾留は決まったんですね。弁護人はまだ決まっていないでしょう?」
青年は、東京弁護士会所属の弁護士だった。一見してそれとわかるほどまだ若い。
「三条さんの、弁護を担当させていただきたいと思いまして。接見、よろしいですか? 休憩中、なんですよね?」
☆
「さて」
朱いろの鮮やかな鳥居をくぐって、柚真人は立ち止まる。
東の方から藍色の闇が迫る時刻だった。
風渡る空は薄紅色に染まり、仄かに輝いている。あたりには葡萄色の空気が澱み、影絵のような枯れ枝がざわざわと哭いている。
冬の黄昏――ふっとこぼれる少年のため息が、夕闇に白く溶けていった。
息吹を整え、彼岸へ渡る魂を、迎えるために背を正す。
そして皇柚真人は言った。
「これでよかったかな。――『クラヒメ』様」
誰もいない宵闇間近の境内に問う。
凛とした透明な声が、水面に立つ波紋のように響いた。
おんおんと風が唸り、少年はそれに嬲られる前髪をおさえる。
――うふふ。
――うふふ。
それはかすかな笑い声。
作品名:【勾玉遊戯】inside 作家名:さかきち@万恒河沙