【勾玉遊戯】inside
境内の向こうは、皇の屋敷だった。
やがて、まっすぐ延びた石畳の中程、薄闇の中から――すうっと人影が浮かび上がる。
それは、二人の――よく似た面影をもつ少女。
実体のない、曖昧な影。
それでも柚真人はふたりの少女に微笑みかけた。
それは極上の笑顔だった。
「鍵を開けて友達を招きいれたのは、君だね」
――うふふ。
しんと冷えた空気に響く笑い声。
「……淋しかったの……かな……」
――あのね。美佳お友達になったの。
――あたしたち、友達になったのよ。
ああ――そうか。
師走大晦日――かつてそれは、あらゆる人がひとつづつ歳をとる約束だった日だ。三条美佳は、その日、蔵の中で死んでいった少女と同じ歳を数えたことになる。三十一日の数で。
そういう符号があったのか。
――あなた……あなたも、あたしのこと、怒る? 苛める? あたし……悪いこと、した?
柚真人は、かぶりを振った。
「君は、何も悪くないよ。……ずっと、あの暗い闇の中で、我慢したんだろう」
――うん。
「ただ友達が欲しくて、そうおもったら、扉が開いてしまったんだ」
――うん。
少女は怯えた目をしていた。
そういうこともある。それは、想いが――遥かな願いがおこす、わずかな不思議。
その後に起こったことは、不幸な事故。そして哀れな犯罪だ。生ける者の、我が身をばかり愛しむがためのなんとも愚かな行為。
死してなお、呪いを以て留め置かれた淋しい死者の想いは幼心にただ友を需めたにすぎない。この少女――『クラヒメ』にいかほどの罪があろうか。
「さあもう行くんだ。君を苛めた人は、報いを受けた。君を縛る呪いも、もう無い。君は自由だ」
――ふふ。
――ふふ。
少女たちは、密やかに笑いあう。それは何かうっとりするような、さざめきだった。黄昏の中に蕩けてゆく、妖しい声が、耳にくすぐったい。
――綺麗なお兄さん。あたし『クラヒメ』という名じゃないわ。
「ああ……そうか。そうだね」
――鷺子というのよ。
――鷺子ちゃんね、寂しかったの。
――だから、美佳も一緒に逝くの。……お兄ちゃんに……ごめんねって……伝えてね。美佳、お兄ちゃんが、大好きだった。独りにして、ごめんねって。
「ああ――」
少年神主は、少女たちに約束を誓って頷いた。
作品名:【勾玉遊戯】inside 作家名:さかきち@万恒河沙