【勾玉遊戯】inside
ACT,5
その日の夜中。
三条祐一はじりじりしながら自分以外の家族が寝静まるのを待った。
祖父の寝室は一階の離れ、両親の寝室は二階――隣の部屋だ。 祖父は九時前には寝る習慣だったし、両親も一時間前には寝室に入ったのが気配でわかっていた。
祐一は、なるべく物音をたてないように部屋を出た。
錠前の鍵は、亡くなった祖母の遺品をおさめてある、祖父の箪笥の一番下の引出しにしまってあった。
家捜しすることに抵抗が無かったわけでは無いが、罪悪感は捩じ伏せた。そんなものより幼い妹だ。
祐一は、そう自分に言い聞かせて、それを家の者が帰宅する前に捜し当てておいた。
鍵は、白い布にくるんであって、だいぶ古く錆もひどかったし、家や車、物置の鍵とは形や雰囲気が違ったから、多分それだと思った。
間違いない。
三条は、懐中電灯と、捜し当てた蔵の鍵と思わしき物を手に、蔵の前に立った。
時計はとっくに零時をまわり、日付を変えている。
――『クラヒメ』さまって、なあに?
そう尋ねたとき、母親が優しい口調で答えてくれたのをおぼろげにだが、覚えている。
――おうちを守ってくれる神様よ。
――いいひとなの?
――ええ、いいひとよ。でも、ご機嫌を悪くすると困るから、蔵には近づいては駄目なのよ。
――ふうん。
祐一も美佳も、聞分けのよい子供だった。親の言うことは素直に信じていて、蔵には近付かないようにしていた。幼心にお伽話染みた戒めを受け入れていたのだ。
子供の頃は信じていた。
庭の隅にひっそりと立つ煤けた白壁造りの蔵の中の、澱んだ闇には一体何がいるんだろうと、心躍らせながら想像したこともあったし、雨の日には、その淋しいたたずまいに理由のない恐怖や寂寥感を覚えたこともあった。
そして時が経つに連れ、祐一は蔵への興味や恐怖を忘れていった。
忘れていたのだ。
今年の――一月一日までは。
だが、いま妹が蔵の中にいる。
どうしてかはわからない。しかし、きっと幼い妹には、『クラヒメ』様とい
われても、妹の中ではいまいち現実味などない話にすぎなかったのだろう。
だから蔵に近付いた。
それなのに、家族の態度は異常だと思う。
常軌を逸している。
そんないるかどうかもわからない得体の知れない神様が、怖いというのか。
幼い娘よりも、大事だというのか。
作品名:【勾玉遊戯】inside 作家名:さかきち@万恒河沙