【勾玉遊戯】inside
「蔵の扉を、早く開けるべきだよ、三条」
飛鳥は、それを聞いてぎょっと目を瞠った。
「だってその蔵、開けたらいけないんだろ?」
すると柚真人は俯きがちに目を伏せ、それから凛としたまなざしで静かに飛鳥を流し見た。
鋭い視線に、それを受けた飛鳥がたじろぐ。
「なんだよう」
柚真人は諭すように柔らかく言った。
「そんな意味のない祟りや呪いはないよ。意味もなく封印という行為は行われない。三条の云う、『クラヒメ』っていうのはね、蔵を守るための呪文なんだ。
『祟りがある』という言葉の持つ災いが、封印の呪文。本当に祟りがあるのではなくてね、そう諭すことで蔵を守っているんだ。祟りというより『祟り』という言葉を使った呪いだね」
「だけどなあ」
飛鳥が首を傾げて反駁する。
「いいんだ、橘。おれも、何となくそうなんじゃないかと思っていたから。祟りなんて、あるわけないし――」
「そうねえ。うん……」
「科学万能? まあいいだろ、この場合はそうとも言える。ただ三条、ひとこと言わせてもらえば……祟りは実在する場合とそうでない場合があって、この場合後者だってことなんだ。ま、信じなくても別に問題ないからいいんだけどね」
穏やかに、柚真人が付言する。
「ともかく、大丈夫……三条の身には何も起きない。それよりなるべく早く、蔵を開けることだ。呪いはそれで終わる。扉を開けない限り呪いは続くよ」
「……開ければ、いいのか?」
三条は昨日にもまして不安げに訊いた。
「そうだよ。あ、三条。お前――妹はひとりだよな? 二人……じゃ、ないな?」
「? そうだけど……」
三条は、怪訝そう答える。柚真人は、それを聞いて小さく頷いた。
「妹を救いたいならそうするべきだよ」
冷たい声だ、と飛鳥は思った。それは、覚悟をうながす声。
柚真人は、自分の外面というやつを可能な限り利用する。だから言葉も口調も優しいし、いつだって唇は微笑んでいる。けれどその粉飾の下には冷たい真実が潜む。真っ直ぐ見つめ返せば真実を宿す瞳は万年氷の青より冷たい。
飛鳥は、それを知っている。
「柚真人、あのさ――」
ちくりと嫌な感じがしたのは気のせいではあるまい。
「できれば、そうして欲しい」
「ああ。……わかった」
飛鳥の言葉は、柚真人に遮られるようにして、塞がれてしまう。
「でも、鍵が――」
「錠の?」
作品名:【勾玉遊戯】inside 作家名:さかきち@万恒河沙