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崩壊世界ノ黙示録

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「え、何?機関ってそういうもんなの?もっとだらだらしてるもんだと思ってたけど」
「いつ愚者の発生があるとも限らないからね、そういうもの」
 機関が受ける依頼は大抵、愚者の討伐依頼である。そしてその大半が、繁殖期を迎えて数を増やした愚者達の群れの掃討任務などに当たることとなる。
 そしてその依頼が隊に回った場合、その隊は緊急招集を受け、その中から任務へと赴くものを決定しなければならない。しかし大抵は集まるのが面倒だ、という隊ばかりだったので、召集をかけられる前から当番表を作って置いていたりするのだが。
 1週間ほど前、少女がたった1人で第6区のネツァクまでわざわざ出向いていたのも、この為だった。

「で、結局何処に行くの?」
 リコスが単純な疑問をぶつけて来る。それもそうだ、こんな所で立ち往生している暇は無い。
「どれもこの近辺の店で買えるわ。一体何に使うのかわからない品ばかりだけど」
 アシエがパルトから受け取った紙に書かれていた機械の部品と思われる様々な品々の名称は、一応機械学の勉強を積んできた彼女でも知らないものばかりであった。いや、一応1つや2つは知っている名前のような気がするのだが、一体どんな用途に使用される部品なのだろうかを忘れてしまっていた。
 だが、別にこの材料から何かを作り出すのは自分の仕事ではない、と諦めて少女は歩き始めた。料金を勘定し終えたのだろう、先程の定員が「ありがとうございました」と声を背後で飛ばす。振り向くこともしなかったので、それが本当に自分たち2人に掛けられた声かどうかわわからなかったのだが、それもどうでもいいことだった。
「あそこに見えてるのがそうね、機械部品店。っていうか滅茶苦茶胡散臭い外見なんだけど」
 カフェテリアからほんの少し歩を進めたところで、その建造物は視界に入ってきた。汚れきっている空気のせいでその姿は霞んでいるものの、なんとか「部品店」という大きな看板が目視出来る。
「本当に何でも揃うねぇ、この街」
 隣でそれを確認したリコスが、感嘆の声を漏らしていた。何度か街に来たことはあると言っていたのだが。
「あなた、マルクトには何度か来たんでしょ?」
「あぁ、だけど王国の発展は早いもんだ。ちょっとの間に随分と変わった」
 何所か懐かしむようにして街の光景を眺める青年の姿は、何故か酷く感傷的だった。まるで過去に此処で、大切な何かを失くした人のように。
 こういう時だけは、いつもの鬱陶しい彼が遠のいていくような気がする。『脳ある鷹は爪を隠す』とは言うけれど、もしかするとこの青年もどこかに特別な何かを隠し持っているのではないだろうか。

(――失くしたもの、か)
 気が付くとアシエも立ち止り、感傷に浸っていた。長い旅の果てに辿り着いたのであろう風が全身を吹きぬけていく。髪を揺らし、目を瞑りながら色々な思い出を掘り起こす。その内だんだんと現実の音が遠くなり、思いの海へと沈んでいくような感覚に囚われていた。

 が、
「ねぇ、アシエ。買い物に行くんだろう?さっさと戻らないと、パルトが誤解するかもしれないよ」
 リコスの声に、アシエは思い出の海から引き上げられた。一瞬自分を失っていたような気がして、今までの感覚を取り戻すために瞬きを数度行う。
「ご、ごめん。ちょっと色々思い出しちゃって……。って、誤解って何を?」
「僕らがハレンチな事してたのかなって、思っちゃうかもね」
 そう言う彼の表情も既に元通りになっていた。代わりにいつも通りのロクでもない冗談と、取り繕ったような笑みを浮かべている。

 街を行き交う人々の姿も変わらず其処にあった。急に立ち止った2人を不思議に思ったのか視線を向けてくる者は居たが、王国機関の人間と関わりたくないというが如く、それらは勝手に此方を避けて行ってしまう。
(――らしくないな、私)
 アシエは軽く背伸びをした。思い出に浸るなど、らしくもない事をしてしまった。
「さて、行きましょう。あなたの言うとおり、パルトが誤解したら困るものね」
「おや、小隊長さんはそれがお望みで?」
「違うわよ。ただ、あの子なら本当にそう勘違いしかねないって思ったの」
 踵を返し、また部品店を目指して歩き出す。上をちらりと見上げてみると、もう太陽は真上の折り返し地点に昇っていた。街に繰り出してから、結構な時間が経ってしまったようだ。
――と、
「よいしょ」
「ひゃあっ!?」
 突然、何の前触れも無く目と鼻の先にリコスの顔が現れる。思わずアシエは驚いて甲高い声を上げた。
「静かに。こうやってる限りはイチャイチャしてると思われるだけで済むだろう。……このまま裏路地へ逃げるよ、いい?」
 迫った彼の顔は、明らかに周囲を警戒していた。人目を気にする警戒ではなく、何処かに潜む敵を探っているような目で。
 となると、何処かに敵の姿を見つけたのだろうか。或いはアシエ自身気付かなかったが、いつの間にか着けられていたのか?
 とりあえずはどちらでもいい。振り向いてその存在を確かめようとしたのだが、

「んっ?」
 瞬間、強引に顔を寄せられたのと同時に――唇を何かで塞がれた。『柔らかい感触』の何かで。
「んむぅ……ッ!?」
それがリコスの唇だと分かると、酷く恥ずかしい気持ちに襲われた。引き剥がそうとするも、流石に男性である彼の力の方が上回っていてどうにも出来ない。
 暫しの沈黙後、彼はゆっくり唇を剥がす。そして今度はアシエを抱き寄せ、耳元で囁いた。
「振り返っちゃ駄目だ。警戒されていると悟られれば、周囲の賢者達も巻き込むことになりかねない。俺も都合上、余り大勢が居る場所で騒ぎは起こしたくないしね。本当は君も帰ってもらいたいんだけど、1人にすると奴らが人質に取りかねないし。だから大人しく付いてきて」
 言い終わると同時に、有無を言わさずリコスはアシエの手を握って歩き出した。セクハラ容疑で自警団に突き出しても良いのだが――
(――えっと)
 得意の状況整理も、頭がぼんやりとしていて覚束無い。何を考えようとも、直ぐに脳内の考えは霧散していってしまう。
 先刻、自分は何をしたのだろう?唇と唇が重なって……

 そうか、あれは――
「キ……」
 思わず口に出しそうになったところを、裏路地へと引き込まれる。
 振り返ると、真剣な顔をして拳銃を構えるリコスの姿があった。どうやら惚気を語っている暇も無さそうな雰囲気を纏っている。
「いいかい?君は下がってるんだ、勝てる相手じゃない」
 その言葉に含まれている真剣さと剣呑さに、アシエはようやく今置かれている状況を思い出す。
 だからといって先程のキスはないだろう――と、アシエは心の内で文句を垂れながらも、直ぐに戦闘を可能にする為、袖口から手中にマグナムを滑り込ませる。銃器独特のひんやりとした感触が、今は逆に有り難い。
 その冷たさでどうにか困惑する心を自制した少女は、今度は吼えるように言葉を吐き出した。
「私だって戦えるわ!私が許せないのは、そう、あなたみたいに勝手に人のファーストキ……じゃなくて、女だからって甘く見てる奴よ!」
作品名:崩壊世界ノ黙示録 作家名:むぎこ