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崩壊世界ノ黙示録

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「案外、よく考えて行動できてるじゃない」
 その姿を視界の隅に置きながらも、アシエは結晶器の銃口を群れから独立していた1匹のグラゴネイルに向ける。鍛え上げられた鋭い感覚により、一瞬で照準を目測で捉えると、そのまま引き金を引く。その反動が肩を襲うと同時に、目標のグラゴネイルは完全に沈黙した。
「第41号小隊、これより56号小隊の傘下へ入る!56号小隊の指示を待ち、冷静に行動せよ!」
 不利を見取ったのか、交戦中だった41小隊の男が猛々しく叫んだ。その余裕の無い歪められた表情は、唯苦戦しているからなのか、それとも――他の小隊、ましてや女性の指示に従わなければならない状況なのが不服なのか。
 だがそれは、アシエにしてみればどうでもいい事だった。『従ってくれる』というのならば、的確な指示で彼らと共に生き残る事に尽力せねばならない。そこに、男女の壁など存在しないのだから。
「――各自、作戦変更!仕方が無い、結晶爆弾(クリスタ・バーン)を使うわ!」
 結晶器による砲撃が通じず、近接では有利に持ち込まれてしまう。ともなれば、危険覚悟であれ結晶爆弾――発火性の高い結晶放射を、内部から熱で急速に熱する事で大きな爆発を起こさせる特殊兵器――を使う他無い。
「小隊長!正気ですか!?結晶爆弾の有効爆破範囲をご存知でしょう!遠距離から投擲するならまだしも、こんな近距離で爆破させれば我々も木っ端微塵です!」
 隊員の1人が声を上げる。
「大丈夫、私を信じて。木っ端微塵になるのは、愚者だけ。……リコス!時間を稼いで!他の皆は列を形成、私の後ろに!」
 結晶爆弾爆破、結果自滅――アシエにはそうならないという1つの確信があった。だからこそ、脳内に描く作戦通りに指示を出す。
「何をするつもりですか?」
「昔パルトから、何かの役に立つかもって併用兵器を貰ったことがあったの。これも一種の爆弾なんだけど、これは威力を孕んでるわけじゃない。爆破させることで周囲の温度を一瞬だけ急激に冷まし、熱波をある程度防ぐことができる……あの子の言葉を信じるわ」
 そう言うと少女は、懐に手を突っ込んで1つの球体を取り出した。既に塗装の色は剥げ落ち、凹んでいる箇所も見受けられるそれを精一杯の力で握り締めて、浮上する不安を鎮めようと懸命に念じる。
「はい、アシエ。時間稼ぎ終わり」
「ひゃあっ」
 意識の中、突如リコスの声が振って来て、思わずアシエは素っ頓狂な声を上げた。我に返ると、目の前ではその反応を楽しんでいるのか、にこやかに微笑んで『結晶爆弾』を差し出す彼が居た。
「ちょっと、いつの間にそれ取ったのよ……」
 結晶爆弾は取り扱い方がそれな為に、一般兵士には支給されない。デモでも起こされようものならば、機関の基地ごと木っ端微塵にされかねないと懸念しての措置だ。
 だが、今目の前にいる青年はそれを持っている。小隊長でもそれ以上でも無いのに関わらず、それを笑顔で差し出している。そして少女のそれがある筈の懐は、手を入れて弄ってみても何1つ入ってはいない。
「いやぁ、さっき取ったんだけど。あれ、気づかなかった?」
「……盗難癖まであるとはね。後でみっちり御説教だわ。……でも、何だか決心が着いたから、それだけはありがとう」
 ゆっくりと話している暇は無い。リコスの手から結晶爆弾を受け取ると、アシエは1歩前に出た。すれ違う瞬間、耳元で彼が『頑張れ』と囁く。『ありがとう』と軽く返事を返すと、大きく息を吸い込んで、目の前に群がる悪魔たちを睥睨する。
――吸い込んだ空気が、胸を焦がす。一瞬のずれすら許され無いこの同時爆破の経験など、当然無いのだ。胸を焦がしているのは、或いは緊張という感情1つだったのかもしれない。

 雑念を消去しろ。アシエは懸命に、自分の意思にそう命じた。精密機械のような思考の回路が駆動し、命令を意識の中へと伝達する。
 それでも消えなければもう1度、何度も何度も。消えるまで命ずるのを止めない。
 そして遂にその命令に意思が従った時、既にアシエは2つの爆弾から留め金を引き抜いていた。
 タイミングがあったかどうかはわからない。けれども、賽は投げられたのだ。後戻りはできない。伸るか反るか――。

「くたばりなさい、この蜥蜴!」

 だから、アシエは2つの爆弾を同時に投げた。と同時に目の前が真っ白に染め上げられる。夜空に染みる月白のような穏やかな光ではない、攻撃的な香りを孕んで。
 空を劈くような甲高い悲鳴が響き、爆発の残響とともに消えていく。白い熱風の渦中にいるのは、果たして愚者なのか自分たちなのか。
「くぅっ……!」
 強烈な爆風に、アシエは思わず顔面の前を腕で覆う。浴びているだけで焼け焦げそうな熱風に咳き込みながらも、必死に腕で後ろを守るように立つ姿勢を保つ。
 後ろには、沢山の仲間がいる。自分を信じて従ってくれた、敬愛を示すべき仲間たちが。もしもここで倒れてしまえば、その仲間はどうなるか――それがわかっていたからこそ、少女は辛辣な痛みの欧州にも耐えようと踏ん張った。
「独りで頑張るのは無しだよ、小隊長」
 白い世界の中で、聴覚だけが彼の――リコスの存在を捉えた。背中に誰かの手が添えられ、吹き飛ばされそうだった体が固定される。
 彼の声音は、何時に無く真剣だった。例えば怒りとか、憎しみとか、形容するならばそういった言葉が当て嵌まったかも知れない。
 爆発は、どうやら収束を迎えようとしているようだった。灼熱だった爆風の威力は弱まり、尚且つこの白い世界も終焉を迎えようとしている。時間にしてみれば数秒の事だったのだろうが、アシエにはそれが限りない時間に思えていた。
「ッ……!リコス、下がって……っ」
「駄目だ。君が倒れるなら、俺が受け止めればいい話だろう。……独りになる人間が居ちゃいけないんだ、絶対に」
 熱に頭がやられたのか、アシエはそのまま立っていることも出来ず、後ろへと体重を預ける事になった。本来ならばこのまま転倒していたのだろうが、今其処にはリコスが支えとなっていた為、彼に凭れ掛かる形で体を預ける。情けないとは思いながらも、体が言うことを聞かないのではどうしようもない。
「ほら、ちゃんと受け止めた」
 声に見上げると、そこに彼の笑顔があった。漆黒の双眸はしっかりと少女の姿を捉えており、そこに先刻まで居座っていた違和感は存在しなくなっていた。
「何で、退いてくれて良かったのに。そんなだから……」
「そんなだから?」
 問い返されると、アシエは言葉に詰まった。否、詰まらせるしかなかった。言おうとしていた事の恥ずかしさを認識し、喉下まで出てきていたその言葉をそのまま飲み込むと咳払いを立てる。
「な、なんでもない!それより顔が近いのよ!いちいちそんな近くに寄る必要性は無いでしょう!」
 リコスの顔は、最早吐息が僅かながらに届く程近くに位置していた。視線を合わせると何故か恥ずかしい気持ちに襲われ、思わず視線を明後日の方向へずらす。
「えー、だってさ、君の可愛い顔に傷でも付いてたら大変じゃないか。……顔だけでもててる様な感じなのに、それが駄目になったらもう嫁の貰い手は無いと思いなよ」
作品名:崩壊世界ノ黙示録 作家名:むぎこ