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崩壊世界ノ黙示録

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「彼女――メンダークスは、≪黄金の夜明け団≫という種族の1人だ。その中でもあいつは特異で、人を『喰う』。そして、喰ったその人間の細胞遺伝子、形質を再現し、自らの体に僅かな時間だけ反映する事が出来る能力を持つのさ。さっきまでのは、差し詰めこの医院に居た看護婦でも喰らって手に入れた姿だろう。あぁ、あとついでに臓器の位置まで変幻自在みたいだ。便利だね」
 メンダークスは、血走った眼をリコスでは無く、アシエ唯1人にのみ向けていた。しきりに指の関節を折り曲げ、骨を鳴らして調子を確かめている。おまけに舌なめずりまでして見せるのだから、アシエがむっとした表情を浮かべるのも納得の一言だ。
「君が、リコスの言ってた美味しそうな娘かぁ……うん、確かに美味しそうだ。その艶やかな肌と言い、凛とした目といい……絶妙な膨らみ具合の胸だって……!」
 血交じりの唾液を垂らして哂うメンダークスは、最早『奇怪』や『狂気』など、言葉の範疇には収まりきりそうも無かった。完全に理性と言う人間の感情を取っ払った彼女の心は、今やもう爆発寸前に迫っている。
「……このド変態。何言ったのよ」
 両手で上半身を押さえながら、若干顔面を紅潮させてアシエは苛立ち加減に言った。『ド変態』とまで言われる様な物言いをした覚えは無かったが、身代わりに上げたのは事実である。
「こればかりは御免。いや、まさかこんなに早く対面する事になるなんて予想してなかったから、さ。……ちょっと、視線だけでもう俺殺されそうだから止めてくれないかな」
 あっさりと罪を認めるリコスに、少女は格別な睥睨を送っていた。暫く『どうしてやろうか』という表情を浮かべる彼女の前で、青年は笑うしかない。
――が、
「おーい、処遇決めんのは後にしてくれや。……来るぞ」
 それは、ティラの一言で突然と始められた。
「いただきまぁーすっ!」
 メンダークスが、一瞬にして互いの空間を埋めるダッシュを仕掛けて来る。右手には逆手に握られたナイフ、左手は手刀を形取っていた。
 通常、普通の人間には手刀などという芸当は不可能なのだが――生憎、彼女は夜明け団の1人。手刀でたかだか筋肉の一枚壁を突破するなど、造作もないことなのである。
「誰があなたになんて食われるものですか……!それなら舌噛み切って死ぬわよ」
 真っ先に狙われたのは、予想通りとも言うべきアシエだった。まず彼女は飛んできた手刀を身動ぎ1つで回避し、次のナイフ攻撃を自分の結晶器で受け止める。たかだか警備用のナイフと特注質の結晶器では硬度そのものが違うのか、メンダークスのナイフは火花を散らすと共に僅かながらの金属片を散らす。
「この……くたばりぞこないっ!」
 次にアシエは、空いている右手の甲で相手の首筋を打ち、怯ませたところを拳銃結晶器の持ち手裏で額を殴打した。続け様にわき腹へ得意の一蹴を掛け、ついでと言わんばかりに拳を頚椎目掛けて突き出す。
「ヒャハハァッ!大歓迎ぃ!」
 拳は意外なほどあっさりと回避され、メンダークスは狂気の笑いを上げた。
 だが、彼女の着地地点には――。
「よぉ」
――あの大男が、ボルトアックスを展開状態で構えて立っていた。
「ちっ……手前は美味くなさそうなんだよぉ、この脳筋野郎がぁっ!」
 それが振り下ろされ、地面がものの見事粉々に粉砕される前に、メンダークスは宙を舞う。その瞬間を狙い、粉砕された石畳の欠片に視界を邪魔されながらも、リコスはライフルを構えた。
「……多勢に無勢だよ、君」
 吐き捨てて、引き金を引く。ライフルの反動が肩を揺らすのと同時に、銃口からは火花と共に結晶放射の弾丸が空を切った。微塵の迷いも感じさせぬ、真っ直ぐな軌道で目標へと向かい、そして、
「あぁぁぁッ!」
 確実に目標――メンダークスの眉間を打ち抜くことに成功した。着地姿勢を崩された体は、受身を取ることもままならずに地面へと突き落とされる。
 しかし地に伏せる血塗れの彼女はまだ生きていた。恐らくは弾丸が直撃する前に脳を萎縮させ、ある筈の場所からそれを除外していたのだろう。
 通常、結晶放射で生成された弾丸は受けるだけでも強い毒性を体内に残す事となる。それが心臓付近なのであれば心臓付近から毒が回り、脳ならば脳付近から確実に全身を蝕んでいく。
 そしてメンダークスは、その両者の弾痕を残していた。眉間に受けた傷、心臓を貫かれた傷。他にも打ち抜かれている箇所は幾つかある。
 普通の人間ならば、この毒にやられて死に至る筈だ。そう、『普通の人間ならば』の話だが。
「全く、どうやったら死ぬんだい?黄金の夜明け団っていうのはさ」
 リコスは鬱陶しげに吐き捨て、床に落ちていたメンダークスのナイフを拾い上げた。刃こぼれはしているものの、それが都合のいい事に返しのような碇形になり、殺傷性は落ちているものの苦痛を与える上では特化しているように思えた。
「幾ら夜明け団といえども、脳か心臓を負傷させれば殺せるんじゃないかしら。……それができなくても、出血多量、頭部損失、上下半身分離、火で炙って消し炭にする……色々と方法はあるじゃない」
「おいおい、アシエ……可愛い顔でそんな事言ってくれるなよ。恐いッたらありゃしない」
 大男が、柄にも無さそうに身震いしてアシエに畏怖の視線を送っている。
 確かにアシエが言った事の全ては、真実だ――夜明け団は、体内・体外共に強い毒性遮断率を誇る。その上筋肉は頑丈極まりないし、頭は切れるし四肢の動きはいちいち鋭敏である。
 だがそれが生き物である以上、『必要なもの』を破壊されればそこで活動は停止するのだ。脳や心臓が破損すればそこまでであり、体を動かす源である血液が不足しても、肉体を作る水分を完全に蒸発しても、骨にされてしまえば一貫の終わりな事に変わりは無い。

「流石に多勢に無勢だね……いいさ、今日のところは引いてあげるよ。僕としても、これだけ撃たれればもう満足だし。君を食べられなかったのは残念極まりないけど、名前は覚えたからね、また次の機会にでも味わわせてもらうよ――アシエ小隊長?」
 メンダークスはゆっくりとした動作で立ち上がると、一際不気味な笑みをアシエに送る。流石に自らの殺害方法を大っぴらに話し合っている人間に恐怖を覚えたのか、それとも唯単純に叶わないと悟ったのか。とにかく、彼女にはもう戦闘意思は存在していないようだった。
「へぇ、小隊長も敵前逃亡を許す程の器があったんだね、意外だ」
 踵を返して、肉体に受けたダメージ故かふら付きながらも去っていくメンダークスを、だがアシエは撃とうとしなかった。リコスはてっきり、問答無用で撃ちまくると踏んでいたのだが。
「あなた、まだ死にたくないでしょう」
「……全く、誰が悪魔だか」
 向けられた銃口から覗く漆黒に、リコスがそう吐き捨てる頃には既にメンダークスの姿は消え去っていた。

――その時、病院の外で何かが崩れ落ちる音がした。

「――何だ?」
 病院に瀰漫する幽寂の中では、その轟音に混じる人々の僅かな叫び声すらハッキリと耳を打つ。同時に何か巨大な『物』が振動するような低音も、それはまるで唸り声のように院内全体を揺らす。
作品名:崩壊世界ノ黙示録 作家名:むぎこ