小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

崩壊世界ノ黙示録

INDEX|15ページ/24ページ|

次のページ前のページ
 

 開きっぱなしの入り口方面から、さぞ不安そうな震えを帯びた彼女の声が響いてくる。リコスは亡骸の腰当てごと雑にサバイバルナイフを抜きとると、扉に向かって踵を返した。
「ああ、うん。旧式ではあるけど、使えそうだ。ほら、君はこれでも持ってて、いつかは使うときが来るかもしれないし」
「え?あ、ひゃっ」
 抜き取ったナイフを、そのまま看護婦に投げる。彼女は慌てた様子でそれを掴み、暫く両手で揉むように弄んでいたが、やがてそれが手中に収まると深く息を吐いた。
「私、ナイフなんて使ったことありませんよ……?」
「そりゃあそうだろうね。まぁ、この機会にでも慣れておきなよ、医療の近道にさ」
 まだ看護婦は困り切った表情を浮かべて手元のナイフを見つめていたが、リコスがさっさと歩き出すと、
「あ、もう、待ってください。まだ貴方は患者なんですから」
――いちいち御尤もな意見を吐き出し、追従した。
「しかし……生き残った人間は何処へ消えたんだ」
 廊下に足を着けるたび、軍靴の音が残響を残して消えていく。天上から秩序的に下げられている白熱球の光が、唯一この病院という場所を生きながらせているようにさえ思える静けさだった。
 それに、血痕は所どころに残されているものの、死体は何処にも見当たらなかった。患者や医師、看護師達だけが忽然と姿を消している。
 その光景に、青年は表情を歪ませた。

――これは――。

「多分、大体の人がシェルターへ避難し終わったんだと思い――」
「そうか――そういうことだったのか」
 リコスは突如、立ち止まって先刻の結晶器を看護婦の頭に向けた。その一瞬、看護婦の表情が驚愕に歪む。
「君は何時もそうだったね。こうやって人を騙しては、自らの糧とする。……いい加減、俺を殺すことを諦めたらどうだい?――メンダークス・クドゥス」
「な、何の事――」
 刹那、静寂の院内に甲高い銃声が響き渡った。壁に飛び散った血痕を見ながら、リコスは無情にも床に転がる人形のような屍を踏みつける。何度も、何度も、まるでそれが憎悪の対象であるが如く踏みつける。だが、その表情はあくまで無表情だった。
「俺が気付いていないとでも思ったのか?いや、それともばれないとでも?……どっちでもいいけどね、いい加減演技は止めて、とっとと立ったらどうなんだ」
 ライフルに次弾を装填しながらも、リコスは看護婦を――否、そうであったものを睥睨した。頭に弾痕が残された、血塗れのそれを。
 刹那、虚ろと化していた彼女の瞳が光を取り戻す。弛緩しきっていた口元は、不気味な笑みを浮かべてケタケタと笑いだした。
「……やだなぁ、僕の演技にいちゃもん付ける程君は偉くないよ。折角糞不味い患者達を我慢して喰ったんだからさぁ、次は君の美味しそうなその肉、僕に頂戴よ」
「……断る。機関に行けば、俺よりももっと美味しそうな女の子がいるからさ、そっちを食べてくれないか。それと、もう変装は止めたほうがいい。至極不気味なんだよ、その顔で君の声を発せられると」
「へぇ、随分と言ってくれるね。僕は女の子だよ?デリケートなんだよ?ねぇ、分かってる?リコスさぁーッ!」
 彼女――メンダークスの叫びがこだまする瞬間には、既にリコスは離れた場所へ飛び退っていた。丁度金属板に足裏を接地させた瞬間、今まで立っていた場所にナイフでの一閃が繰り出される。
「君にナイフを与えるのは不味かったかな。……まぁ、君の演技力が助けて俺が気付けなかったんだけどね!」
 メンダークスの動作は、目を疑う程速かった。ほんの1秒前まで床に伏せていたというのにも関わらず、今はもうリコスの目の前でナイフを狂ったように振るっている。おまけに、その1つ1つの動きは適当なようにも見えて、的確な行動だった。
 リコスはその一閃一閃を冷静にかわしながらも、反撃のチャンスを窺う。だが、流石にボルトアクションのライフルだけではどうしようも太刀打ちの手段が見つからない。
「ハッハァ!どうしたのかな!?リィーコォースゥーくーん!ヒャッハァ!」
「チッ……!本当に女だとは思えないね、君の言動は!汚いというか、」
 普段なら携帯ナイフが幾らでもあるのだが、今は生憎病院服だ。何も持っている筈はない。恐らくはこの院内のどこかに保管されているのだろう。
 当然、取りにいく暇など無い。状態は徐々に防戦一方の経路を辿り、
「シィーユゥー!リコスゥッ!」
「くそっ……!」

――次の瞬間だった。

「がっはぁッ」
 吹飛ばされたのは、リコスではない。代わりにメンダークスが、宙を舞っていた。左胸には大きな穴が穿たれ、どす黒い血液を宙に撒き散らしている。
 何が起こったのか分からず、リコスは後ろを振り返った。また何か荒手の人間でもやってきたのか――とにかく、メンダークスが所属する≪黄金の夜明け団≫には、面倒な連中が多い――と思ったのだが。

 其処に立っていたのは、予想外の人物達だった。
「散開して、各個愚者と応戦!現状を維持したまま増援が来るまで警戒戦闘を続行!私とティラはこいつを片付ける!」
「……アシエ!?」
――白銀のオートマチック・ピストルを手に、部下らしき影と突貫してくる勇ましい人物。蒼穹の髪を揺らす『彼女』は、あの小隊長、アシエ・ランスだった。後続に一際目立つ巨躯な男が1人、物珍しい大型ボルトアックスの結晶器を『片手』で背負いながら追従している。まだ会ったことは無かったが、恐らく彼もまた、小隊の一員なのだろう。
「珍しく余裕の無い顔ね……お目覚めの気分はどうかしら、眠り姫?」
 アシエは拳銃を構えたままリコスの隣に立つと、端麗な顔に微笑を浮かべて皮肉を口走った。その強気な語調は、眠りに着く前のあの弱々しさと正反対だった。
「……最悪だよ。これだから、俺はこの世界が嫌いなんだ」
 その笑みを見ているだけで、何故かリコスは普段どおりの余裕を取り戻すことが出来た。常套句を口にし、床に落ちてしまっていたライフルを拾い上げて再び構えなおす。
「おいおい……嘘だろ」
 アシエの隣で、先ほどの男が冷や汗と苦笑いを浮かべ、心臓を貫かれた――否、『ある筈の場所』を打ち抜かれたメンダークスがゆらゆらと起き上がる光景を見ていた。何の知識も無い人間があの様を見れば、この反応は常識であり一般的なものだ。寧ろ、アシエ・ランスという1人の人間が、今の光景で表情を歪めていないのが可笑しな位だったのだから。
「へぇ、驚かないんだね小隊長」
「機関長から色々と聞かされてるわ。それに、あなたが眠ってる1ヶ月間の間、毎日を暇に生きてたわけじゃないの」
「それはご立派な事で」
「……相変わらず口だけは達者ね」
 以前と同じ様な皮肉の応酬が繰り広げられる中で、メンダークスが完全に起き上がる。顔つきは倒れる前と一変しており、鼻の高さや目の位置、口元の歪みまでもが微妙に違っている。――血走った蜥蜴のような眼で、此方を睥睨していることだけは相変わらずだったが。

「おいおい、どういう……顔が変わってるぞ」
 男がさらに驚愕に囚われた様子で、苦笑の皺を今までよりも深く刻む。
作品名:崩壊世界ノ黙示録 作家名:むぎこ