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崩壊世界ノ黙示録

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 彼らが立ち去った後をただ呆然と見詰め、消えてしまいそうな声で、リコスはいつもの冗談を呟く。唇が僅かにでも動くたび、血に濡れたそれが光を反射して光る。
「喋っちゃ駄目!私が負ぶってベースまで連れて帰るから……帰ればきっと、直してくれるから……!」
 それはもう、『希望』とか『懇願』といったものに限りなく近い言葉の羅列だった。1つ1つが意味を持っているように思えて、だがその中身は虚空でしかない。何せそれは、『他人への期待』でしかないのだから。
 だが、それでもアシエは血まみれのリコスを背負い、必死で駆け出した。薄暗い路地を抜け、やがて表通りに達したとき、すれ違う通行人という通行人が叫び声を上げるのも無視しながら、風を切り、ただひたすらに駆ける。
 思うことは唯1つ。背中に背負う彼が、力尽きないかという懸念だけ。さきの戦いでの肉体的疲労も、額を濡らす流動性の汗も気にはならない。
 蹈鞴を踏んで転びそうになっても、止まりはしない。止まってしまえば、もう手遅れになってしまう気がして。

少女は、ただ走った。ひたすらに、ひたすらに。強い自責の念に囚われながらも。

そして何より、青年が助かることを願いながらも――アシエは、疲れなど知らずに夕焼けの空間を駆け抜けた。
















第3章/燻る火種……


3


――かつて存在していた世界、『地球』。
 新緑で大地は溢れ、大海原は清浄の青を映す美しき世界。嘗ての色あせた書物には、こう記載されていた。
 だが実際、その反面恐ろしくもあった。新緑の裏には破壊が潜み、人々が行き交う街中に思いやりなど存在しない。そこにあるのは執着と、欲に塗れた卑しい悪党だ。
 秩序など、存在していても無きに等しいようなものだった。法律と言う規制は残忍な人間1人ですら裁けない現実。私怨と怨恨に塗りつぶされたあの『地球』という世界は、果たして本当に美しかったのだろうか。

 青年は問う。自らに、そして世界に。

――俺を独りにしたあの世界は、本当に美しかったのか?





――リコスが昏睡状態に入ってから、おおよそ1月の時間が経った。
 運び込まれた時の状態はやはり、既に危険域だったらしい。アシエは後々聞かされたのだが、どうやら手術中に何時死んでしまっても不思議では無い容態だったようだ。
 被弾箇所は腹部。対愚者用に研究された≪結晶器≫での一撃は容易くリコスの体を貫通しており、内部の臓器も最早使い物にならない程酷い破損が見られたという。もしかすると、このまま一生目を覚まさないかもしれない――手術に携わった医師達は、口々にそう言った。どれだけ手を尽くしても、あれだけの怪我をどうにかすることはしてやれない、と。

 だが――彼の回復率は、常軌を逸していた。

 被弾し、破損状態にあった臓器の傷はある日の検診で塞がっていることが分かった。それだけではない、腹部に開いていた穴も僅か一週間程の時間で完全に塞がってしまったのだ。
 これには、さしもの医師達も驚愕を露にした。通常ではあり得ない回復速度なのだから、当然といえば当然なのだろうが。しかし傷は塞がれども、リコス自身が目を覚ますことはやはり無い。傷が完治してから既に3週間が過ぎているというのに、彼は静かに息を立てているだけだ。
 何時目が覚めるのか、以前に目が覚めるのかどうか。とにかく、彼はそれすらも分からない状態だった。

「はぁ……」
 俯けた視線の先に、小さな虫が1匹飛んでいる。ふらふら、ふらふらと宙を危なっかしく飛び回る小指大の黒点の正体は、恐らく蚊か何かだろう。世界が結晶放射に侵される以前は今よりももっと小さかったというが、今となっては手の平で潰そうものなら毒性の血液を分泌させるような凶悪生物に進化を遂げている為、そう簡単に駆除出来ないのも現状だ。
 かといって、たった1匹の昆虫の為だけに銃を使うのも馬鹿らしく、またそれも億劫でしか無かった。それに静寂が瀰漫する病室で、轟く発砲音を鳴らそうものなら、すぐさま警備兵がすっ飛んでくるに違いない。

――少女、アシエ・ランスは、彼リコス・ヴェイユの眠る病室に居た。あの事件が起きてからというもの、時折暇なときはこうして彼の横で溜息を吐き、彼が眠りから醒めてくれることを一心に願う事が多くなっていた。
 何せ、こうなってしまったのは自分の責なのだ。あそこで素直に逃げていれば、強情を張らないでおけば、或いは彼はこんなことにならなかったのかもしれない。
 若しくは、自分がもっと強ければ――

「――アシエ、風邪引くぞ」
「……ティラ。任務は終わったの?」
 突如として湧いた声に、アシエは何の警戒も抱かず声の方に首を動かし、その主を認識した。
 大柄の屈強そうな体に、筋骨隆々としたその腕。最も特徴的なのは、背中に背負った巨大なボルトアクス型の結晶器だろう。
 この男――ティラ・ドミヌスは、アシエ自身が小隊長を務める小隊、≪王国機関第56号小隊≫に所属する隊員の1人である。先刻まで任務の命を受け、≪第4区ケセド≫まで愚者の討伐に赴いていた。

「おう。今日も愚者の討伐依頼だったが……最近、何だか妙に依頼が増えてる気がしてな。……おっと、それよりそっちのあんちゃんはどんな具合だい?どうやらまだ眠れる機関の美少年状態らしいが」
 ティラは大柄の体を揺さぶるように歩き、アシエの隣まで来ると、立てかけてあったもう1つの椅子を半ば壊れそうな勢いで引っ張り、そこにどすん、と腰掛けた。服があちこち焦げたり破れたりしているところを見ると、今回は少し手強い相手とまみえたらしい。
「まだうんともすんとも……これじゃ植物人間よ。寝息も驚くほど静かだし、見てるこっちが眠たくなってくるわ」
 彼の――リコスの、何とも心地よさげな寝顔を凝視し、アシエは大きな欠伸をした。単に昨夜から付きっ放しでろくに眠れて居ない、というものあるだろうが、また彼自身の寝顔が此方の眠気を誘っているようにも思える。それ程に、リコスの寝顔は安らかだったのだ。
「あぁ、こりゃ確かに眠くなる……っと、そういや≪黙示録≫の解明、進展があったってパルトから報告を受けたぞ。『アシエとリコスにも伝えといて』、ってよ。まぁ、リコスさんには聞こえてるかどうか分からんが、一応な」
「パルトも頑張ってる……いや、本当はこの機関全体が一致団結して黙示録に向かわなきゃいけないんだけどね。……でも、最近の機関は――エニスは、どこかがおかしい。まるで酩酊してるみたいに隊を次々愚者の討伐に向かわせて。旧人類の言い回しじゃあ、『二兎を追うものは一兎をも得ず』とか言うらしいけど、黙示録とその何かを両立させようなんて、ふざけてるとしか思えないわ」
 病室の扉を挟んだ向こう側の廊下で、金属音が鳴り響いた。恐らくは鎧か何か大掛かりな武装隊――機関長エニス直属のエリート達が、どういった目的でか此処を訪れてきたのだろう。アシエもこの病室に向かう途中、何度かその部隊に出くわしたことがあった。
作品名:崩壊世界ノ黙示録 作家名:むぎこ