彼女を幸せに
優子は冷蔵庫から紙パックのジュースを出すと、コップに注がずにそのまま口をつけて飲んだ。白い喉が豪快に動く。男親しかいないというのもあるのか、彼女にはがさつなところがある。こちらがとまどうようなあけすけさを外でもやっているのかと思うと、気が気でない。
ソファに身体を沈め、無造作にテレビをつけた。なんの抵抗もなく肌を明かす優子を見ていられなかった。
「まだ三年、子どもだよ、私」
パックを持ったまま、優子が正面に膝を抱えて腰を下ろした。極力、彼女を振り返らないようにと賑やかなテレビの中に目を凝らす。極彩色のスタジオセットがまぶしく、すうっと目を細めていた。
まだ子どもだなんてまやかしだ。成人は法律では二十歳だが、世の中にはそれよりも前に精神的にも肉体的な意味でも大人になっている子はいる。優子は、精神面ではまだ幼いところがあるのは確かだ。その頑是なさを収める器はしかし、早熟と言わざるをえない。
「屁理屈だな」
「はいはい、ごめんなさいー」
肩をすくめ、優子はリビングを去ろうとする。背中にまで流れた黒髪が揺れる。細い足。丸いかかと。ふっくらしたふくらはぎ。華奢な体躯。白いうなじ。
後姿が、完全に都和子と一致した。眩暈がする。そのあと、強烈な恐怖心が全身を支配した。とっさに立ち上がっていた。唇が、かすかにふるえる。優子の手首を力加減なしに握りしめた。
「……出て、行かないでくれ」
ぎょっとする優子の足許に膝立ちになり、両手でその頼りない手首にすがった。都和子、とよく言わなかったものだと優子の肌に頬を寄せながら思う。祈るような体勢になって、彼女の火照った体温に安らぎを求めた。優子にだけは出て行かれたくなかった。都和子にまた裏切られなければならないのは、みじめだ。
「お父さん、どうしたの。私が出て行くわけないでしょ」
軽く、優子が腕を引いた。恐る恐る顔を上げると、哀れむような瞳をして彼女がこちらを見下ろしていた。身体の芯がきゅうっと収縮する。
なにも言えなくなって、ただ優子を見つめて言葉を待つ。すると彼女はふっと相好を崩し、小首を傾げた。
「そんな顔しないでよ。私、お父さんが一番好き。だから、ずっとここにいるよ」
掴んでいた手を外され、逆にそっと包み込まれる。白くて小さな手。指が長くほっそりしていて、手のひらの狭い手。親指の付け根のふくらみの感触。