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木村 凌和
木村 凌和
novelistID. 17421
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メリッサに愛を

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 クロエに言われた通り、ミルドレッドはサクの作業場を訪ねた。サクは喉の機械を開発した技術者で、ミルドレッドとテレサの機械の点検、調整を担当している。喉の機械と連動しているらしいファイル――ミルドレッドには何度説明されてもその仕組みが全く分からなかった――を開発したのもサクなのだという。
 しかし、いつも作業場にいるサクの姿がどこにも見当たらなかった。故障していないか確認すると言っていたらしいファイルも無い。
「何をしてるの?」
 ミルドレッドが困って立ちすくんでいる所に、白衣を着た若い男が通りかかった。手に湯気の立ち上るマグカップを持っている。
「サツキ先生」
 サツキはサクと共に言代機の仕組みを開発したという医者で、喉の機械が身体に悪影響を与えないか定期的にミルドレッドとテレサの診察を行っていた。
「クロエに、サクさんにファイルを受け取るよう言われたんです」
「ああ、サクならしばらく戻ってこないよ。さっき機械の調整をするって言って出て行ったばかりだから」
サツキはのんびりマグカップのコーヒーを啜る。
「戻ってくるまで俺の所で待ってたら?顔色も良くないし点滴してあげる」
「じゃあ・・・。あと氷戴けませんか?転んで頭打ってしまって」
「頭を?それは大変だ」
 ただ頭の天辺にできたたんこぶが痛むだけだったが、サツキは慌ててミルドレッドの手を引いた。ミルドレッドが転ぶのはいつもの事で、クロエはいつも呆れサツキはいつも笑って湿布を貼る。その、いつもとは違うサツキの反応に驚いたまま、ミルドレッドはサツキにされるままに彼の仕事場まで引っ張られた。
 サツキの仕事場でじっくり後頭部を観察された末、氷のうでこぶを冷やしながら腕に点滴の針を刺されていると、療養用のベッドの陰から子どもの頭が覗いた。長い黒髪に丸い漆黒の眼をした女の子は三歳ほどだろうか。
「先生、あの子は?」
 針をテープで固定したサツキが頭を上げるのを待って尋ねると、サツキは眼を輝かせた。
「妹なんだ。クレハ、おいでー」
 知り合って半年になっても聞いたことが無いサツキの甘ったるい声で呼ばれて、女の子――クレハがたどたどしく一生懸命駆け寄ってくる。サツキはだらしなく緩みきった顔で妹を抱え上げた。
「はじめまして、っ」
 上目づかいに挨拶するクレハは愛らしく、ミルドレッドも頬が緩んだ。
「はじめまして。挨拶できるの、偉いね」
 クレハは眼をきらきら輝かせ満面の笑顔を見せる。うん!褒められて嬉しそうに返事をする素直さが微笑ましい。
「それ、なあに?」
 素直で純粋な眼がミルドレッドの首をじっと見つめ、小さな手を伸ばす。ミルドレッドは頬が固まるのを感じた。上手く声と言葉が出てこない。
「クレハ、お姉さんは点滴中だからあっちで遊んでた方がいいね」
「てんてき?」
「腕に針を刺して、栄養を入れるんだよ」
 クレハはわかったような、わかっていないような顔で頷いて元の、ベッドの向こう側へちまちま歩いて行く。
「ごめん、まだ小さいから……」
「いえ、いいんです。私が、上手く言えないだけですから」
 これだからテレサみたいには、と口をついて出てしまいそうになるのを飲み込む。言代機にとって声は商売道具で、とっさに何も言えなくなるなんてことはあってはならないのに。
「ところで、顔色が随分悪いけど。朝は食べた?」
「はい。以前戴いたゼリーを食べました」
「点滴も昨日したのに……。やっぱりちゃんと食べられるようにしないと身体がもたないかな……」
 独り言を呟いてから、サツキははっとして取り繕った。
 言代機は喉に機械を直接繋げる。首に外から着いているように見えるが喉をほとんど塞いでしまうほど中に入り込んでおり、ファイルと互換性を持つために首内部に収まらない程機械は大きい。そのため固形物を飲み込むと喉を詰まらせ窒息してしまう。液体や流動食のみが口にでき、不足する栄養は点滴で摂取する。言代機になってから、ミルドレッドは十数キロ痩せた。
「検査をするから、クロエに都合をつけてもらうよ」
 言代機であるミルドレッドの予定を把握するのは相棒の役人であるクロエの仕事だった。
 点滴が終わるまで少し眠るといい。サツキに促され、ミルドレッドはベッドに横になった。


 カーターは食堂のおばさんに、よく煮込んだリゾットを持ち帰れるようにして下さいとお願いした。これで三日三食連続になる。おばさんは面倒くさそうに頷いてくれるが、次からは断られる気がした。
ミリーが毎食必ずよく煮込んだリゾットをリクエストするから、カーターはそれに応えないわけにはいかない。その割に未だこれといって聞き出せた事も無く、セピアと顔を合わせるのも気が重かった。ミリーとセピアの間でも、魔術師団上層部とセピアの間でも板挟みの現状にカーターは重い溜息をつく。今回きりだよ、そう言って深い皿にカバーを掛けた食堂のおばさんに深々と礼を言って、カーターは昼時の混み合った食堂を出た。
 ミリーのいる三階へ続く階段を上る。この三日間でミリーについて知った事は、好物は良く煮たリゾットで、食べるのが遅く、気が弱いという事だけだった。
 しかし今日は秘策がある。カーターの手には自分用の昼食――この三日三食同じサンドイッチが入った袋、ミリーの大好物のリゾット、街で一番人気のケーキ屋の名前が入った箱。今日こそ何か聞き出せる、聞き出してみせる。カーターはミリーの部屋の鍵を開けた。
 部屋は三日前と同じ、空の本棚が壁に並び机とテーブルとソファーが一つずつあるだけ。ソファーの隅に折りたたまれた毛布が置かれ、窓際に女性が一人立っている。じっと窓から空を見上げる姿を、カーターは毎日目にしていた。
「窓には近づくな、最初に言ったはずだ」
 ミリーは肩を跳ね上げ、ふわふわしたクリーム色の髪をしぼませて、すみませんと言う。
「もう、空にあの島・・・メリッサは本当に無いんですね……」
 三日間しょんぼりとして言っていた言葉が、今日は確認するように言われる。
「ほら、昼飯だ。希望通り良く煮たリゾット」
 ミリーに食事を促して、カーターは自分用に買ったサンドイッチを頬張る。食器回収が面倒なことを口実に、一緒に食事をすることにしていた。ミリーはスプーンに少量のリゾットを取って長いこと咀嚼してから飲み込む。
「毎日同じで飽きないのか?よっぽど好きなんだな」
 ライスの粒が原型を留めていないリゾットは、ただのどろどろしたスープにしか見えない。希望を出すならもっと良いものにすればいいのにと思う。
「別に、好きなわけじゃありません」
 やっと三口目を飲み込んだミリーがなんでもないふうに答える。
「毎日、嫌いなものをわざわざ注文してまで食べるのか?」
 毎日これで機嫌をとれていると思っていた。それが全くの逆効果だったなんて。
「これしか食べられないから仕方がないじゃないですか」
 それを注文しているのだからそれしか食べられないのは当然じゃないか、とは言えなくなってしまう。ミリーは必死に口をもぐもぐさせながら、ぎろり、カーターを睨む。その眼は涙に潤んでいた。
作品名:メリッサに愛を 作家名:木村 凌和