メリッサに愛を
カーターは思わず足が止まった。ミリーがメリッサの生き残りで粗雑な扱いにできないからではない、ミリーから信頼を得るために。
「そういうの、得意でしょ。カーター」
女性は恐ろしいと実感したばかりだったが、カーターがセピアに逆らわないのは上司を尊敬しているからでも、彼女の夫が魔術師団でも指折りの権力者であるからでも、高額な特別手当の見返りに上層部の一部に彼女の動向を報告しているからでもない。知れば知る程セピアは恐ろしく、魅惑的な女性であるからだった。
セピアに指示された通り部屋を手配し、ミリーをそこへ移すためにカーターは再び地下への階段を下りた。ここへ連れてきた時のミリーは気絶していたから楽だったが、これからしようとする事は違う。正式に許可が下りて移動させるのではない。周囲の人間に気付かれずに移動させなくてはならなかった。
ミリーは牢の中で、セピアとカーターが尋問し終わった時と同じ様子でじっと座っていた。一人でやって来た、女の腰巾着を訝しげな眼で観察している。
「メリッサの調査責任者の副官をしているカーターだ。他に部屋を手配したから移動してもらう」
牢の鍵を開け中に入ると、ミリーは警戒を露わに距離を取った。
「さっき、あの女はそんな事言っていませんでしたけど」
「ここで説明している暇は無いんだ。早くこれを着てくれ。こんな所で寝るのは嫌だろう?」
足元へ魔術師団の支給品である青いローブを投げる。
「どうしてですか。私はまたあなたを真っ二つにしようとするかもしれないんですよ」
「俺に理由なんかわからないが君はあれだけの魔術を使えながらまだ牢屋の中にいる。それはつまり抵抗する意思がないからだ。違うか?」
それは。ミリーが返答に口ごもる。まだ言えない様な事が関係しているのだろう。
カーターはここぞとばかりに畳みかけた。
「抵抗する意思がないのに屋に突っ込んだままにしておくのはおかしいし、メリッサの生き残りなら結局同じ指示が出る。それなら指示を待つのは馬鹿ってもんだ」
ミリーはじっとカーターを見た。頭の先から、つま先まで値踏みする様に。
「・・・わかりました」
足元のローブを広げるミリーが慣れない上着を着るのを手伝ってから、カーターはミリーの腕を掴み地上への階段を上った。
手配した部屋は三階にある。建物の中間層で、飛び下りれば間違いなく命は無い。一階に入る前にミリーが目深にフードを被っている事、黙って着いてくる事を確認して地下への階段から一階へと入った。階段がある辺りに人気は無い。二階への階段を上り、三階への階段を上った。
その間ミリーは腕を引かれるまま着いて来ていた。強張ってもいない腕はだらりとして、抵抗する意思が全く感じられない。カーターは妙だとは思ったが、当面は面倒にならないので放っておいた。
三階には魔術の研究をするための部屋と隊長以下の執務室がある。その中の一つに滑り込んだ。闇に眼が慣れない隙に素早く鍵をかける。ランプを引き寄せ火を点けた。
壁に空の本棚が並び、机とテーブルとソファーが一つずつあるだけの部屋だった。部屋の隅に大きな水がめと洗面用のたらいが置いてある。使われなくなってからかなり時間が経っている部屋だが、確認すると水がめに施されている魔術はまだ機能しそうだった。
「この部屋を使ってくれ。ただしこの部屋からは出ない事、窓には近づかない事、騒がない事」
ミリーは部屋の中を見回し、頷く。
「食事の用意と水の補充は俺がする。風呂は共用だから使うのは無理だ」
「ここにいる事を知っているのは?」
「今のところ俺だけだ。晩飯を取ってきたら許可を取りに行く」
逃げようとしているのか、安全を確認したいのか、はたまたこちらを試しているのか。カーターはありのままに答えた。セピアにはまだ手配した部屋について報告していない。
「晩飯を取りに行くが、食べられないものは?」
「良く煮込んだリゾットにして下さい」
「・・・わかった。くれぐれも言うが逃げるな。鍵に魔術を掛けておくからな」