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木村 凌和
木村 凌和
novelistID. 17421
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メリッサに愛を

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 運悪く水たまりに頭から突っ込んだため頭の天辺がじりじりと痛む。ミルドレッドは濡れた髪を拭いていた。鏡に映る自分の眼がじっと髪先を睨んでいる。ふわふわとした綿毛の様な髪先は首に埋め込まれた機械を隠すのに便利だから念入りに。仕事をする上では言代機――首に部品が付いている人間であるという事がわかりやすい方が都合が良いが、ミルドレッドは人目に首の機械を晒すのは好きでなかった。鏡を見る度にこの首はとても醜いと思う。
絶望は人を強くなんてしないのよ。いつだったか同僚の――クロエの言った言葉が頭から離れない。鏡でこの醜い首を見る度それを思い知らされた。こんなになってもミルドレッドは変わらないままだった。
「まだなの?」
 神経質な足音を立て、クロエが横に並ぶ。黒い髪はさっぱりとしたショートヘア。ミルドレッドにはできない髪型に、まっさらな首筋。知的なくろい眼がミルドレッドの眼を覗きこんだ。とっさに眼を逸らす。クロエの眼は人の眼の奥を探り当てるのが上手かった。
「すみません。髪が乾かないので」
 そういうこと。クロエの顔は不満げにそう言っている。
「大丈夫よ、ほらこれで隠せる」
 クロエの手がミルドレッドのしぼんだままの綿毛髪を首の片側に寄せ、機械を隠す。
「・・・ありがとうございます」
「未だテレサみたいにはいかない、か。いい?言代機はあたし達役人と同じ、いえそれ以上の働きを期待されているの。あなたは『言葉』を使うのは上手なんだから、きちんとした判断力を身につければテレサ以上の働きができるはずよ。頑張って」
 テレサ。ミルドレッドと同じ、首に部品が付いている人間――言代機。役人が行動に移る際に必要な書類や許可を、許可を出す者の声と文言を用いた『言葉』で代わりとするのが言代機の基本的な能力である。喉の機械には声を変化させる機能のみで、使用する文言はファイルの中から状況に合った、最も適切なものを選び出さなくてはならない。そのためミルドレッドもテレサも、人間ではあるが身体と喉の機械を含めて一台の言代機として扱われる。喉の機械は機械ではあるが言代機の部品でしかなかった。
テレサはミルドレッドには未だ使用が許されていない法律を、言葉として役人の代わりに使う事が許されている。ミルドレッドとは正反対だった。
「ファイルなんだけど、サクから受け取ってくれる?濡れたから故障して ないか確認したいって言ってたから」
クロエは時計を見、早足でトイレを出て行く。


 灯りのまばらな、空気の冷えた地下牢は閑散としていた。牢の一つに、白い人影がある。暗がりに鮮烈なしろい綿毛髪。遺跡にいた、あの女性だった。
「ごめんなさい、他に部屋が取れなかったの。ここには他に誰もいないから安心して話して欲しい」
 セピアとカーターは鉄の格子越しに女性と向き合っていた。女性は委縮しきって怯えた眼をしながらも頷く。
 女性はメリッサでカーターの決死のタックルを受け頭を強く打ち気絶、魔術師団の数ある支部の一つ、その施設の地下へ生存者として移送されていた。
「では名前は?」
「ミリーです。ミルドレッド・L・ディズリー」
 立ったまま、カーターは名前を聞くくだりから書記を始める。こんな場所でこんな形で尋問する事は初めてだった。セピアの考えることはカーターには分からない。
「ミリー。あなたはなぜあそこにいたの?」
「私はあそこに住んでいるので」
「住んでいる?メリッサは国で指定された重要な保護区域よ。許可された者しか中に入れないはずだわ」
「私はあそこに住むようにと言われたんです。ここはどこですか?」
「地上よ」
「地上?」
 今にも泣きそうになっていた女性――ミリーがはっとする。
「私だけ連れ出されたんですか?それともあの島に何か」
「墜落したのよ。十年前にね。あなたが住んでいた時、メリッサは空に浮いていたの?」
「墜落・・・あの島が?そんなだってあそこには」
 ミリーは顔を真っ青にしてセピアに詰め寄った。カーターが思わずセピアの前に出ようとするのを、セピアに制される。ミリーは鉄格子に阻まれセピアにあと一歩届かない。
「ミリー。あなたがメリッサ、いえ、あの島に住んでいた時、あの島は空に浮いていたの?」
 セピアに見据えられ、ミリーが怯む。鉄に似た硬質の声に、ミリーは震える声で答えた。
「・・・・・・浮いていました。太陽がとても近くて、地上はとても遠かった・・・信じられない」
 信じられない。カーターは紙面にそう書きながら信じられなかった。十年前に墜落した遺跡の生き残りが今になって見つかるなどと。
 ミリーはふらつきながら鉄格子から離れる。元の、鉄格子から十分離れた位置にへたりこんだ。クロエ。小さく呟いた声がカーターにまで聞こえる。
「そう。ところで、あなたの首に付いている物は何?」
 セピアの興味はメリッサの真実よりもミリーの首に付いている奇妙な物にあるらしい。カーターは冷静すぎる上司に奇妙な感覚を抱いた。メリッサでミリーに対し突然魔術を込めた瓶を投げたり、報告もそこそこに勝手に尋問を始めたりと常のセピアらしくない行動が目立つ。
「これは、言代機の部品です」
「言代機?それは何?」
 動揺に任せて口が緩くなっていたことに気付いたのか、ミリーは口をつぐんだ。こちらに向ける背が緊張して硬くなるのが見て取れる。
「あなたを解放するか、このまま拘束するか、あなたの話を聞かないと判断できないわ」
 ミリーにすり寄るセピアの声が宥める色をいっそう強くする。
 ミリーの背は迷った後、
「・・・私の様に、首にこの機械が付いている人の事です」
「その機械はどんな機能を持っているの?」
 再び、すかさず囁くセピアの質問を拒んだ。
 セピアは大きく一息吐きだす。ちらり、カーターに振り返った眼は尋問の終わりの合図だ。
「わかったわ、私はこれ以上何も聞かない。ただし約束して。あなたの処遇が決まるまで逃げたりしない事、私の仲間を真っ二つにしない事」
「そんな事しません」
 常と同じ調子で言い放ったセピアに、ミリーは勢い良く食ってかかった。こちらを振り向いたミリーは微塵も怯える様子がない。
「あら、ありがとう。肯定でいいのよね?」
 返答を待たず、セピアは地上に繋がる階段へと歩を進める。カーターはミリーの様子を、ちらり、窺ってから上司の後を追った。
「もしかしてとは思ったけどまさか本当にメリッサの生き残りとはね。信じられない」
 階段を上りながら、セピアは呑気にのたまった。
「その割に驚いてなかったように見えましたけど」
「尋問してる間に隙見せてどうするのよ。あの子、度胸は無いけど思ったより頭は良いみたいだから気をつけなさい」
 あれだけ掌で転がしておきながら、とは口に出さないでおく。セピアには逆らわない方が無難だというのは身に染みていた。ミリーの様に操られてはたまらない。
「ああ、それと適当な部屋に移してあげておいて。上には上手く言っておくから」
「許可が下りるまで待った方が良いんじゃないですか」
「味方になりそうな優しい男には口が緩くなりそうじゃない?」
作品名:メリッサに愛を 作家名:木村 凌和