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木村 凌和
木村 凌和
novelistID. 17421
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メリッサに愛を

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 真暗い森の中に、ぽっかり、空いた空間がある。巨大なレモン型に切り取られた夜空から射す、微かな月明かりに浮かび上がった白い建物群は冷え冷えとしていた。
「今はこんな風になっていたんですね・・・」
 立ちつくすミリーは茫然としている。まるでこの状態を初めて目にした様に。
「メリッサが墜落してからずっとここにいたんじゃないのか?」
「そうです。そうです、けど、ずっと中枢のあの建物にいたので」
 あの建物、とはミリーがいた大樹のある建物の事だろうか。
 ミリーは空を見上げる。木の枝と葉が遮って、空は島と同じレモン型だった。
「ならその、中枢の建物が目的地?」
「あっ、はい。確かこっちです」
 声を掛けると、ミリーははっとして歩き出す。
人工の白い地面を横に真っすぐ分割する一本道は相変わらず瓦礫が積み上がっていたが、ミリーは迷わず進んだ。
「あの白い地面、雨上がりはすごく滑りやすいんですよ。いつも転んで、クロエに叱られました」
 同僚とこんな事もありました、話すミリーは楽しそうだ。ただメリッサに着いてからも来た目的については一言も触れていない。隠し事を覆う会話は、他の建物よりもふた回り大きな建物に着くまで続いた。
 一本道に入ってから三十五番目の、右側の細い道に入り、次に左側二番目の道に入り、後は道なりに進むと、周りの建物からふた回り大きい建物に辿り着く。
 建物の扉は開いている。それでもミリーは中に入ろうとしない。黒革のファイルを抱き、立ちすくんだまま。
「この島は、空飛ぶ町だったのか、空飛ぶ遺跡だったのか、どちらだと思いますか?」
 セピアともこの話しをしたと思いながら、カーターはその時と同じ答えを言った。
「空飛ぶ遺跡だと思う。墜落したとき遺体は見つからなかったって話だ」
「本当はどちらも正解なんです。町だったのは島が浮かべられてから半年の間だけでした」
 俯いていたミリーが顔を上げる。暗い建物の中へ、足を踏み出した。
「この島は言代機の実験をするためのものです。言代機は私と、テレサだけでした」
 小さな社会を作り、言代機が有用かどうか実験していた、テレサは秩序を守る仕事をしていて、法律や規律を扱っていたという。
 ミリーはこんな事を話しにここまで来たのだろうか。カーターにはにわかに信じられない。
「私は、テレサ程優秀でなかったので雑用を担当していました」
 真っ暗な部屋を抜け、ミリーがいた、建物の奥へ入る。大樹が床を突き破り、枝葉を広げている。
「ずっとここにいたのか?」
「……そうみたいです。こっちです」
 ミリーに促され、壁伝いに奥へ入る。
 奥は真暗くて何も見えない。何か燃えるものを探していると、無機質な声が響いた。
「点灯せよ」
 一瞬の後、室内が明るくなる。壁に灯りが付いているが、見た事の無い形をしていた。燃えているようではなく、魔術にも見えなかった。
「これが、言代機の能力です。私には仕組みは理解できなかったんですけど、この機械が声を変えて、灯りはそれに反応するとか」
 ミリーが喉の機械に触れる。こんな技術は地上には無い。たった一声に、これだけの力があるなんて。
 灯りは殆ど埋まった通路を浮かび上がらせた。壁と天井の大部分が崩れているため、扉も全て塞がってしまっている。
「施錠解除」
 再びミリーの、無機質な声が響いた。大きな音をたて、全ての扉が動く。半分開きかけで止まってしまったものや開かなかった扉もある。
 ミリーは半開きの扉の一つに駆け寄った。足元を見ない、危なっかしい足取りにカーターは冷やりとする。
「そんな、」
 ミリーの後ろから覗くと、扉の向こうには下へ続く階段がある様だった。崩れた壁が塞ぎ、通ることはできそうにない。魔術で瓦礫を壊すには壁が脆すぎる。
「他にもあるはずだ。探そう」
 階段が一つだけしかないということはないだろう。必ずどこかにあるはずだった。
 瓦礫の山に登っていたミリーが降りるのに手を貸してやる。片手はファイルを大事に抱えていて、歩いているのを見るだけで危なかしかった。
「私、ここを出る前は最後の日の事を全然思い出せませんでした」
 今は、覚えています。笑顔で言うミリーは強がっているようにも見えた。昼間見せた決意は確かなものだろうが、ミリーはやはり気弱で頼りない。それにカーターは少し安心する。
「隊長さんに、話しました。私、女の子に会ったんです。ここで」
「前は覚えていないって」
「今朝、思い出したんです。隊長さんと雰囲気が似ていたので、妹さんだと思いました」
 今朝、セピアの様子が変だったのはこのせいだったらしい。
「私はクロエだと思って、でも違って・・・。そうしたら、女の子が言ったんです。あなたはここにいるべきだって。最期まで」
 最期まで。何でもないふうに言うミリーに、カーターは身体が凍りついた。
「あなたは、似ているから、って。・・・だから帰ってきました」
「どうして。そんなもの、誰かが決める事じゃないだろう」
 頭の中が混乱して、上手く話せそうになかった。つまり、ここで死ぬために連れてきて、彼女を置いて行けというのだろうか。そんな、昨日今日思い出した記憶にそう言われた事があったから。そんな理由は納得できない。
「私も、そうすべきだと思っています。私の中の機械も技術も、ここから出してはいけない」
 あの大樹のある場所まで戻って来て、ミリーは思い出したふうに呟く。あそこだ、と。
「今が六百七十九年だと聞いてびっくりしました。不思議じゃないですか?私、もう四十歳近いのに」
 記憶の中の、二十歳のまま変わらないという。確かにおかしかった。あえて触れずにいた。
「ここ、触ってみて下さい」
 ミリーが綿毛髪の中に手を入れる。額の上のほうを示した。そこに、カーターはそっと手を入れる。柔らかな髪と、薄い頭皮の中で、熱を帯びた硬い膨らみがある。ごつごつした感触は、こぶや骨の感触ではない。
「これは、」
「サツキ先生に入れられたものです。多分、これが原因になっているんです」
 だから、もう長くありません。続けてミリーは言う。
「思い出しました。こっちに降りられる場所があったと思います」
ミリーは大樹の根元へ歩いていく。
 長くないなどと言ってしまえるミリーの決意を思い知らされた。何かできることはないのかと考えを巡らせるが思いつかなかった。あの決意を揺るがさせることなど出来るわけがない。
「どこに向かってるんだ?」
 大樹の根元に大きく空いた穴を、ミリーは恐る恐る降りる。抜け落ちた床が積もって足場になっていた。
「動力室です」
 ミリーの声が深くない地下で響く。雨水だろうか、浅く水が溜まっている。多過ぎる灯りが水面に反射し、眩しい程だった。
「動力室?」
「はい。カーターさんには伝えたいんです。最後の日に何があったのか」
 どうして、とは聞かなかった。
ちゃぷちゃぷ、水音を立ててミリーは奥へ奥へと進む。
「最後の日、私は朝から雨上がりの地面で転んで、クロエに叱られて、その後、サツキ先生に点滴を打ってもらいました。私は眠ってしまって、次に起きたのは手術台の上でした」
 滔々と言うミリーの声が強張る。今まで話せないと言っていた事だろうか。
作品名:メリッサに愛を 作家名:木村 凌和