メリッサに愛を
「……サツキは死んだよ」
そんな。声が口をついて出る。生きていない可能性はあるとは思っていた。メリッサの生き残りは今まで一人としていなかったのだから。
「妹がいる筈だ。妹はどこにいる?」
「それは言えない。メリッサを調査する理由は?まさか知らないのか?」
男はきっぱりと言い切った。そこには決意が垣間見えた。死んだ友人に義理立てしているだけではない、頑なな決意はひんやりとしてカーターは気圧される。
「庇う割に何も知らされてないのは、少しは疑ったほうがいいんじゃないかと僕は思うけどね」
男に言われて、思う。確かにセピアがメリッサを調査する理由は知らなかった。魔導士の仕事に口を挟む事になり、魔術師団の上層部に睨まれてもなお調査を続けている理由は何なのか。疑問ではなく疑念として、それは膨れ上がった。
夕方、ようやく会議から帰って来たセピアの執務室を訪ねたのはミリーの様子を報告するためだった。部屋に入るなり、ぎろり、睨まれて立ち止る。
「イオレ・ローレンツとは知り合い?」
昼間、イオレの仲間だと言った男を思い出した。
「学生時代の同期でした。そういえば、妹さんのお弟子さんでもありましたね」
今思い出したふうに言うと、セピアは妹の単語に、
「妹がどうだとか、どうでもいいの、そんな事は!イオレに何を言ったの。言いなさい」
一枚の分厚い木材を貼った大きな机へ両の掌を叩きつけた。声を荒げるセピアに、カーターは怯んで咄嗟に言葉が出ない。
「医者の話をしました。イオレが何だっていうんですか。いきなり」
「魔術師団の上層部に連絡が来たのよ。メリッサの調査で何かありましたかって」
何か知っている口ぶりでイオレは問い合わせてきたのだという。魔導士と魔術師団は犬猿の仲なのは暗黙の了解だというのに。イオレは魔術師団に喧嘩を売ったも同然だろう。
そしてこの件に関して糾弾されるのはセピア以外にいない。
「サツキという名前の医者を知らないかと聞いただけです。メリッサの事は何も」
「それでも、イオレはあなたが私の部下で、メリッサの調査をしている事を知っているのよね?」
イオレはカーターの上司がセピアである事は知っているだろう。いつだったか、話した覚えがあった。ただ、メリッサの調査をしていると話した覚えは無い。あの男から聞いたのかもしれない、と思い至るがセピアに話すには疑念が邪魔をした。
イオレとセピアを繋ぐのは、イオレの師でありセピアの妹である魔導士。妹、と聞いただけで激昂したセピアを見るに、この魔導士が鍵なのは間違いない。
「あなたまで人の妹がどうだとか言うんじゃないでしょうね?寄ってたかってあの子の仕事にケチをつけて……」
セピアの妹であるピア・スノウの功績は魔導士の中でもずば抜けている。その、数多ある功績には批判が絶えなかったという。明らかでない出身や貧弱な学歴、奔放な態度は多くの反感を買い、才能と実力への嫉妬に拍車をかけた。魔術師と魔導士の間では敵ばかりで、一年前に亡くなってからもそれは変わらない。
カーターには興味の無い話題だったため知りもしなかったが、セピアに会う前に少し調べただけで山ほど悪口が出てきた程だった。お偉方がセピアを糾弾するのにうってつけの材料になった事だろう。
「ミリーの事も、あの子が匿っていたとか、イオレと何か企んでいるとか、そんな馬鹿な事あるわけないじゃない!」
「どうしてミリーが出てくるんですか。隊長の妹さんはメリッサと関係無いでしょう」
「あんたに、あの子の仕事をどうこう言う権利はない!」
セピアの鋭い怒号が室内を震わせる。
「もういいのよ、あの子が、ミリーが何なのかなんて。今重要なのはメリッサに何があったかという事」
声を荒げてばかりのセピアが噛みしめて言う声にも決意があった。それは未だ冷めやらぬ熱が籠って燻っている。
「思い出している事を何としてでも聞き出しなさい」
さっさと行きなさい、追い討ちとばかりに怒鳴られ、執務室から追い返されてしまった。
前夜祭から帰った時にミリーは以前と同じ部屋に戻った。医務室と違いもっと深く聞き出すことは出来るだろうが、気は進まない。
何より、今朝のミリーはやけに口数が少なかった。前夜祭以来親密になれたと思っていただけに戸惑っている。何か思い出したのかもしれないが、それよりも急に口を閉ざした事の方が気になって仕方が無い。
「……まだ話せません」
何か思い出したのか、とミリーに聞けたのは夕食のときだった。ミリーは顔を強張らせて話した。
機嫌取りのケーキは落とした時に潰れてしまったし、飴はなかなか舐めてくれない。
何かしてしまっただろうか。しかし聞き出さないと今度こそセピアに怒鳴られる位では済まないだろう。
「メリッサで、隊長の妹を見なかったか?多分似ているんだと思う」
サツキが死んでしまっている事を言うのは憚られた。いつか言わなければいけないのはわかっているが、今の状態のミリーには伝えたくない。
ずっと手の中で飴の袋を弄んでいたミリーは俯いている。小さな顔と細い首に、喉の機械はやけに大きく不気味に見える。
「メリッサが墜落した後、最初に調査したのが隊長の妹だったらしい」
「……覚えていません。ところで、あの、生年月日を教えてもらえませんか?」
なぜだろう。意図が掴めず首を傾げると、
「う、占いに必要なんです」
ミリーはしどろもどろ答えた。目が泳いでいる。
「王国歴だと六百五十年の九月八日」
やましいところがあるのか、言えずにいる事に関係しているのか。どちらにしてもこの生年月日からわかる事実などない。
「ところで、メリッサに住み始めたのはいつ位だった?」
「二十歳のときだったので、王国歴六百六十二年です」
「六百六十二年?」
通説よりも大分新しい。メリッサは十年前に墜落するまでおよそ七年間、空に浮いていた。最も有力な説は今まで、メリッサは古代文明の遺跡であり、およそ十七年前に突如空に出現する前は空のもっと上に浮いていたというものだった。そうではなく、メリッサは十七年前に人によって浮かべられたというのか。
「六百五十年・・・。今は何年でしたっけ?」
「六百七十九年だ。そういえばサクって名前に覚えは?」
答えが無く、見ればミリーの顔は真っ青で、どうしたのかと尋ねても口を閉ざしてしまった。