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木村 凌和
木村 凌和
novelistID. 17421
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メリッサに愛を

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 ミルドレッドが目を覚ましたのは、眩しいからだった。眩しさに何度も瞬きする。ぎらついた光が頭上で輝いている。皮膚を通して見た、あかい影が点滅している。
 サツキ先生。記憶にある、一番最後に会った人の名を呼ぶが、喉が嗄れ声がかすれ、音として出てこない。
 右腕を上げるが上がらない。点滴がまだ終わらないのだろうか、腕に点滴の針の感触がある。
 眩しさに眼を細めた。右を見、左を見る。記憶の最後にある場所ではない。もっと不気味な場所。喉に『部品』を入れられた時と同じ、不気味で寒くて恐ろしい場所。
 ミルドレッドは喉を振り絞った。クロエ。今度は声が出る。ささやかな音は届かないだろうか。それでもミルドレッドには他に助けを求める相手が見つからなかった。
 おはよう。光を遮って表れた顔が言った。表情は見えない。ただ、聞いたことのある声だった。誰だろう、思考の途中で顔は引っ込んでしまう。
「彼女、もう起きちゃったよ。サツキ」
 遠のいていく足音と共に同じ声が言う。やけに響いた声の主が誰なのか、やっと思い至って、ミルドレッドは凍りついた。
 わかってるよ、サク。頭上からサツキの声が聞こえる。次いで、ミルドレッドは額に冷たい、刃の感触を得た。


 会議室の空気全てが、鉛になってセピアを押し潰そうとしていた。末席にいるセピアから最も遠い席に座る魔術師団団長は先の言葉以来動かない。セピアはイオレ・ローレンツの名前で一度真っ白になった頭を立て直し、状況をひっくり返す情報を掻きだそうとするものの、そんなものは一つも無かった。ここで、ミリーの首には機械が埋め込まれており、尚且つ未知の危険な魔術が使えるという事を言っても何にもならない。もう一つ糾弾の理由を差し出す気は無かった。
「なぜ、魔導士が、我々の調査に口を出してきているのかと聞いている」
団長の声が鮮明に響く。魔導士に口を出されるなど、魔術師団が最も嫌う事態だった。
 心当たりはある。カーターが外に漏らしたに違いなかった。しかしなぜイオレなのか。最年少で魔導士に任命された少女が魔術師団に手を出すメリットは無い。それどころか魔導士の地位を危うくするだろう。
「部下が、口を滑らせたとしか」
イオレとカーターの接点も、セピアには皆目見当が付かなかった。そもそもなぜカーターが、ミリーを手放すような事をするのか。
「君の優秀な副官が?」
誰かが鼻で笑う。上層部に金を貰っているカーターが、そんな事をする訳がないと決めつけているらしい。
「イオレ・ローレンツは君の妹の弟子だったかな?確かメリッサを最初に調査したのも、君の妹だったな。私にはこれが偶然であるとはとても思えない」


 未だ夏の日差しが続く昼過ぎ、街を歩く人は薄着ばかりの中でカーターは肩に重い分厚いローブを呪った。ほんの少し外に出るだけだからと、ローブ一枚脱ぐだけのことを横着しなければ良かった。足元の石畳の舗装が終わり、埃っぽい脇道に入る。どうして魔術師団は大嫌いな魔導士のお膝元にわざわざ支部を作ったのだろう。首都にあるのに隅に押しやられているからケーキと飴を買いに行っただけでもうローブが汗を吸いずっしりと重かった。肩も重いが足取りも重くなる。ケーキが二切れと飴が少し入っただけの持ち物も鉛の様だった。セピアは朝からお偉い方と会議で未だ終わらない。八つ当たりを食らうのは自分以外にいないだろう。
 今朝のミリーの様子も気になった。同僚だったというクロエはとんでもない美食家だった等、前夜祭以来ミリーはよく話すようになったが、今朝の様子は初めてまともに会話した地下牢での様子に似ていた。
 いつまでも食べ物で釣られてはくれないだろうか。奮発して少し高いケーキを買ったのだが。
 ふと、行く先に人の足を見つける。普段人があまり通らない裏道に珍しい、思ったときにはその足は動いていた。
 こちらへつま先を向けた足先は数秒もかからずカーターのつま先と触れるかという程素早く距離を詰めた。まずい。思って身を引く。地面ばかり見ていた視線を上げると、青い空へ手から離れた箱と袋が飛んでいくところだった。腕を捉えられ引かれて仰向けに崩れた姿勢で足場を探し踏ん張るが、腕を引く力が強すぎる。続けて腕は背中にひねり上げられ、肩に鋭い痛みが走った。
「ここで事を構える気は無いから、大人しく聞く事に答えて欲しいんだけど、どう?」
 頭の裏側から掛けられた声は想像通り男のものだった。魔術師団の支部は目と鼻の先だが、団員に失態を晒すのは避けたい。セピアは過敏になっているし、上層部に切り捨てられる理由になり得る。
「で、何を言わせたいんだ?俺は下っ端の平団員で上司のおやつを買いに使いっぱしりにされる位しか能が無いが」
「賢明じゃないな、カーター。イオレはもっと頭のいいやつだと言ってたのに」
「イオレに何を吹き込まれたか知らないが、生憎俺は閑職でね」
 どうしてイオレの名前が出るのか。彼女とは先週会ったばかりだっただけに信じられない。彼女がこんな男と知り合いだなんて。
その場凌ぎの嘘が通用しないなら、相手がどこまで自分の事を知っているのか探る。ただ、相手の顔が見れない状態では空振りに終わるだけだった。
「僕はフェアだから言うけど、イオレと僕は仲間だが目的は違う。イオレが魔術師団に喧嘩を売ったのは僕の本意じゃないよ。僕が知りたいのは、魔術師団はなぜメリッサを調べるのか、仕切っているのは誰かって事なんだけど」
 妙だ。メリッサの調査に関わっている事は知っているのにセピアの事は知らない。
 イオレの魔術の師はピアという少女だったらしい。セピアの妹で、高名な魔導士だった。去年だったか、両親と一緒に師までイオレは失っている。イオレの仲間ならセピアの事も含めて知っているはずだ。
「イオレに聞けばいいだろう」
「イオレには秘密で動いてるんだ。じゃなきゃお前に直接聞きに来ない」
 それに、イオレが魔術師団に喧嘩を売ったというのは何だろう。この男の口ぶりならメリッサが関わっているのは間違いない。
「どうしてそんな事を聞くんだ?」
 腕をひねり上げる力が強くなる。答える気は無いらしかった。
「もう一つ、サツキの名前をどこで知った?」
「医者を知ってるのか?」
 イオレは聞いた事もないと言っていたのに。この男やイオレに対する疑問が数えきれない程あったが、カーターにはサツキという名の医者以外の事は今、どうでもいい。
「聞いている事に答えれば、教えてやる」
「わかった、言う。言うから放してくれ」
 言わされ損はなんとしても避けたい。背を取られたままでは何をされるかわかったものではなかった。
 男は案外あっさり、カーターの腕を放す。振り向いて見れば、男は若くなかった。若くはないが未だ中年というには若すぎる。
「メリッサの調査を仕切っているのはセピア・スノウだ。医者の事はメリッサの生き残りに聞いた」
 男はセピアの名前に特に反応を示さない。
「生き残り?サクの事は?聞いた事を残らず言え」
 男がぐっと詰め寄る。さりげなく手を背に回した。至近距離で武器など向けられてはたまらない。
「知らない。そんな名前は初めて聞いた」
 男は疑り深くこちらを見た後、カーターを突き放す。
作品名:メリッサに愛を 作家名:木村 凌和