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グレートマザーの赤と青

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 宏至と公園で一悶着あってからニヶ月が経った頃、母は病院で勧められた断酒会へ行き始め、少しずつ立ち直っていった。酒を口にしないので母の肌は白さを取り戻し、目からも濁りが消えた。母はまだ中身が残っている酒瓶を残らず捨てた後、あまつさえ私に今までのことを謝ってきたりもしたのだ。今まで幾度か繰り返されたこととはいえ、私の学校生活に興味を持ったり、生活態度を注意したり、ここぞとばかりに母は「普通の母親」を演じていた。そのことを宏至は告げると彼は素っ気なく「マトモな親に戻ってよかったじゃん」と言ったが、私はどうしても「よかった」とは思えなかった。数ヶ月前は「ユリに放っておかれるくらいなら自殺する」と散々ごねていたくせに、全て忘れたような顔でこれまでの私を無視して、「普通の娘」の役割に当てはめ、そのことに何の違和感も覚えないでいる母。しかしそれもまた酒浸りの生活に戻るまでのわずかな間だけだ、今度も絶対確実にそうなるのだと、私は思っていた。なのに母がプラダを着て行ったあの日から、そのサイクルはあっけなく破綻した。母はある春の日、珍しく化粧をして一張羅のワンピースを着て出かけていった。あの男に会うためだ。
「会って欲しい人がいるの。男の人よ」
 プラダの日から三日経った朝、母は興奮を隠しきれないにやにや笑いを口元に浮かべ、しかし「母親」らしく厳格に私にそう言った。その男とは断酒会で知り合ったのだという。年齢は三十すぎくらいの、母と同い年だった。母はその男のことを幸せそうに――そう、あまりに幸せそうに話すので一体どんな人間なのだろうと思っていたが、実際に会ってみるととりたてて特徴のない凡庸な顔立ちの男が鈍くさそうな照れ笑いを浮かべていた。温厚に見えるが断酒会に通っているということは、程度の差こそあれ母と同じ「病気」を持っているのだろう。男は私の訝しげな視線に気付いたのか、恥じ入るような表情で断酒会に通うようになった経緯と母との出会いを語った。要領を得ない話しぶりなので、頭の中で話の内容を再構築するのに時間がかかった。
「いい人でしょ?」
 その帰り道、母はひどく浮かれていた。私は擦り切れたローファーのつま先を見ながら、「そうだね」と生返事をした。
作品名:グレートマザーの赤と青 作家名:まちこ