グレートマザーの赤と青
アパートの前は公園になっていて、私が階段を下りていくと、いつも決まって上下スウェットを着た金髪の若い男女数人が車座になって酒を飲み、煙草を吸っている。この集団はいつも大騒ぎしているのかと思えばそうでもなく、静かな声で真剣に話し合っていることもあれば、ただ黙って座っているだけのこともある。私は公園に入らずにそのまま道路へ出た。蝉が街灯の下に集まって名残惜しげに鳴いている。外気はまだねっとりと熱かったが、わずかに夜の冷気を帯びて重さを持った湿り気が中学の指定シャツの隙間から入り込んで肌に触れ、私は少し身震いをした。
人通りがほとんどない夜道を歩いていると、何となく宏至の声が聞きたくなってくる。しかし制服のスカートのポケットに手を入れて、私は思わず舌打ちした。携帯を忘れてきてしまったのだ。携帯を持っていないと、途端に足元がふわふわと頼りなく浮き立つ。私は曖昧で不確かな存在となり、まるで幽霊のように夜道を漂っているような気がした。その短い漂泊の中で、宏至は電話には出ないかもしれない、と私は思った。あの大掃除の日以来、宏至は目も合わせてくれないのだ。
宏至は私とは違い、いわゆる「いい家の子」で、幼い頃から変わらず優等生だった。彼氏とは言えなかったが、小学校にあがる前からの唯一の友達だった。だから私はどんな秘密でも宏至には打ち明けてしまう。あの男と付き合い始める前、母が私にどれだけ依存していたかも宏至は知っていて、酒浸りで不安定になった母に縋りつかれて三週間学校を休んだ時も、ノートを持って来てくれたり欠席理由を誤魔化すために口裏を合わせてくれたりもしたのだった。
「つーかさユリ、お前、家出ろよ」
欠席が二十日目に達したある日、プリントを届けに来てくれた宏至は、玄関から先には上がらずに私を公園に呼んで、開口一番にそれを言った。何で?と聞くと、呆れたような怒ったような軽蔑したような目でまじまじと私を見た。
「何で、じゃねーだろ。子供には教育を受ける権利っつーもんがあんだよ。お前んち、小学校ん時からこんなんじゃん。これから先もずっと母ちゃんだけに縛られて生きてくつもりかよ」
作品名:グレートマザーの赤と青 作家名:まちこ