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グレートマザーの赤と青

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とてもよく晴れたその日、私は向かいのマンションの屋上から母の葬儀を見下ろしていた。蟻のように黒い人の群れが、行儀よくゆっくりと母の棺に寄り添って進む。母は永遠に暗闇の中に閉じ込められ、遮るものが何もない青空の、その青の中に私はいて、剥き出しになった足がコンクリートの灼熱を感じていた。棺の中はひんやりと冷たいだろう。
 母が死んだとき私は一緒に死ぬつもりでいたが、結局私は死ななかったし死ねなかった。そうしなかったのは何か理由があってのことではなかった。そして今度も死ねないでいる。屋上の縁に立っていた私は手に持った制服のタイを宙へ向かって放り投げると、そのまま後ずさりして元通り靴下と靴を履いた。スカートの裾が音も立てずにはためいた。
 母は布団で寝ているところを絞め殺された。折しもその頃は近くの国で大きなテロが起きたり、列車の脱線事故があったりして、母の事件は全国ニュースではほとんど扱われなかった。彼女はひっそり死んだ。私は葬列に加わりたくなくて、通夜の前に姿を消した。私は泣けなかった。泣きたいほどに泣けなかった。その分、出口を失った悲しみが体中に留まり、渦を巻き、澱み、ゆっくりと腐っていった。もしかしたらそれは悲しみではなく、怒りであったかも知れず、後悔であったかも知れず、しかしひたすらな歓喜であったのかも知れず、生きることへの単純な欲望であったのかも知れなかった。
轟音を響かせながら大きな飛行機が飛んでいる。無防備にさらされたその白い腹は魚を思わせた。私は手を真夏の太陽にかざす。血管が透けて見えた。いくつもの赤い筋。血の赤。太陽の赤。生きている、と私は思った。

「ユリちゃん」
 夏休みが始まったばかりのある日、男は私をそう呼んだ。
「今さらかもしんないけど、今日からおれ、ユリちゃんのお父さんだから。よろしく」
 あの男は日焼けした顔をくしゃくしゃにして、人のいい笑顔を作ってみせた。男は母と三ヶ月付き合った後に入籍をし、簡単な式を挙げた。その夜、男はいつもと同じように手土産の水菓子を持って母と私の住むアパートを訪れ、私の作った夕飯を食べて、食器を片付けもせず母と一緒に奥の部屋へ消えた。くぐもった声が聞こえているその間、私は夜を散歩して時間を潰すのが常だった。
作品名:グレートマザーの赤と青 作家名:まちこ