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だいなまいと そのに

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 すっかりと、任せっきりになっていたことを失念した。自分が教え込んでいた頃は、数日に一度は自分がチェックしていたのだが、ここのところ、本社からの呼び出しが多くなって、そこまで手が廻らなくなっていた。そして、バイトが優秀で、ほとんど、自分の手を出す必要がなくなっていたのも、失念した理由のひとつだ。今では、バイトでありながら、正社員の時間給より高い金額で雇っている。それというのも、堀内がやっていた仕事を、バイトひとりで賄っているからだ。各店舗の売り上げの集計やら資金繰りやら、それに附随した事務一切が、そのバイトの仕事だ。
「日報だけ作成してくれ。後は、わしが戻ってからやるから、放置しとけ。余計なこと晒すなよっっ。」
 それだけ命じて事務所は出た。とりあえず、バイトの現状を知る必要がある。何かしらあったのだとは思うが、電話も携帯も持たない相手では、出向くしか方法がない。
「しもたわ。携帯だけでも渡しておくんやった。」
 毎日のように出社する相手だから、と、油断した。大通りでタクシーを拾い、バイトのアパートへ向かう。比較的、近い場所であるから、すぐに到着した。
 カンカンと鉄錆の浮いた階段を登って、鍵などかかっているはずもない扉を乱暴に開いたら、そこには、バイトともうひとりが居た。薄いふとんに転がっているバイトの額には、濡れタオルが乗せられていて、傍には栄養ドリンクが何本か転がっている。
「おいおい、みっちゃんっっ。どないしたんやっっ。」
 大声で、そう叫んで近寄ったら、バイトではない青年が、「あんた、誰や。」 と、バイトの前に立ちはだかった。
「俺は、みっちゃんのパトロンや。おまえこそ、なんじゃっっ? 間男か? 俺の可愛い愛人に、ご無体なことしたとか言うにやったら、南港へ沈めんぞっっ。」
 怒鳴ったら、青年ではなく、バイトのほうが緩々と起き上がって、転がっているドリンクの瓶を二、三本纏めて投げつけた。
「・・・・誰がパトロンやと? 」
「おお、生きとったか? どないしたんじゃ? 四日目の無断欠勤は洒落にならんぞ、みっちゃん。」
「・・・四日?・・・ああ、そんなに経ってたんやな。・・・今夜から出るわ。」
 ふらふらと立ち上がろうとしてバイトが、膝をつく。おいおい、と、堀内は、その腕を支えた。
「なんじゃ? 風邪か? 」
「・・・わからん・・・」
 起き上がろうとしているが、どうも旨くないのか、ふらふらとしている。これは病院へ担ぎ込むほうが先だろうと、堀内は、傍の青年に、バイトの腕を手渡した。
「タクシーを停めてくるさかい、おまえ、こいつを下まで担いで下ろせ。」
 今まで、バイトに友人がいたという話は聞かなかったが、ひとりぐらいは居るのだろう。そうでなかったら看病なんてしているはずもない。とりあえず、知り合いの病院へ携帯で連絡をして、タクシーを手配した。




 栄養失調、夏風邪、熱射病という、夏の定番メニューを、次々と掲げられて、バイトは入院することになった。バイトは入院の言葉に、激しく抵抗したが起き上がるのも難儀な状態では、文句を吐くだけで、精一杯だ。
「・・・せやけど・・俺・・・金あらへんのに・・・」
 点滴を受けて、少し楽になったバイトが渋い顔をしている。理由は至極簡単だ。金がないのだ。
「せやから、社保の手続きしとけ、と、わしが言うたやろ? 」
 保険がないから、全部、実費ということになる。入院なんてことになると、相当、纏まった数字が入用で、ぎりぎりの生活をしているバイトには、そんな蓄えはない。
「水都、金のことやったら、俺が貸すから。」
 強引に付き添ってきた青年は、吉本花月というらしいが、心配そうに顔を眺めて、そう勧めている。
「そんなん、おまえが用意せいでもええ。わしのほうで段取りする。」
 付き合いの長さから言えば、堀内のほうが長い。バイトが、借金を嫌がることも知っているので、そこいらは給料から月賦で返すとかいうことにしてやれば、バイトも折れる。
「いや、俺が用意します。」
 しかし、吉本も折れない。ついでに、バイトも、「すまんな。」 と、借りるつもりであるらしい。
・・・おや?・・みっちゃんが・・こいつを信用しとるんかいな・・・・
 とても珍しいことだと、堀内は思った。十年近く付き合っているが、バイトが、こんなことを素直に言ったのは初めてだ。かなりおかしな人間なので、これと付き合える友人などいないだろうと、堀内は思っていた。現に、今まで、そういう人間はいなかった。学校とバイトの往復しかしない、変わり者の浪速水都と一番、長時間付き合っているのは自分だと、堀内は自負していたのだ。
・・・こんなとこも失念しとったとこかいな・・・
 たまに顔を合わせて食事したりする程度のことはあったが、ここのところ、それも回数が減っていて、浪速に友人が出来たことも知らなかった。なんだか、お気に入りの玩具を横取りされた気分で、堀内は、むっとした。
「あかん、愛人のお手当は、パトロンのわしの仕事じゃ。おまえごときに、みっちゃんの世話なんかさせられるかいっっ。」
 病室であることを忘れて、堀内は啖呵を切った。そういう感情は、実はないが、いつも、そんなふうに冗談交じりに言っていた。実際は、保護者の気分である。
「・・また、それか・・・まあ、ええわ。おっさん、前借にしといてくれ。それでええやろ?」
 やれやれと、浪速のほうが、それで折れた。吉本のほうは複雑な顔をしていたが、とりあえず、職場の上司であることを説明して、ここは引き下がらせたのだ。
 一週間ばかり入院させた。それも個室に、だ。それは、見舞いにしといたる、と、堀内は、その分を差し引いた分だけを、浪速に知らせた。
「どうせ、うちに就職するんやろ? 一月千円ぐらいの天引きにしといたる。」
 実際問題として、二週間近くのバイト代がちゃらになってしまった浪速は、学費の支払いと生活費の算段も厳しい。わざと、「愛人のお手当や。」 と、茶化して、かなりの額を、堀内は個人的に、浪速の口座へ振り込んだ。仕事上、手放すことは惜しいバイトであったことも、その理由だったし、保護者な気分だったこともあった。浪速が、バイトに来たのは高校生の時だ。高校生ができるバイトではなかったので、年を偽っていたが、それは目を瞑った。その代わり、ホールの仕事はさせずに、奥の仕事を教え込んだのだ。それなら、バイトが人目につく心配もないし、この商売の仕組みや損得を知らない高校生なら、そのテクニックを流用することもあるまいと考えてのことだ。
 当時は、実家にいたらしいが、それでも、食事は外食ばかりだった。「親とは、どうも上手くない。」 と、無口な高校生は、それだけしか、堀内には教えなかった。いろいろと食事を奢ったりして、聞きだしたのに、その程度だった。しばらくして、金が貯まったので、独立すると言い出した。そこで、問題になったのが、保証人だ。浪速は、未成年であるから親の同意書と保証人が必要だった。同意書は簡単に偽造できる。だが、保証人は実印と印鑑証明、源泉徴収票などという公的な書類が必要だった。
作品名:だいなまいと そのに 作家名:篠義