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一生に一度の恋をしよう

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 それを見上げて、彼はしばらく黙っていた。子供の頃は、ただ素直に綺麗だと見上げていた。今は、少し違う。ふわりと、風でそよぐ枝に、なんとなく寂しいものがある。桜のイメージが、たぶん、別れを意識させるからだろう。
「墓は? 」
「え? 」
「おまえんとこの墓は? 」
「うちは、ここやない。もっと、山手のほうや。」
「なんや、挨拶しようと思っとったのに。」
「なんの挨拶や? 嫁取りか? 」
 冗談で、そう言ったら、大笑いされた。
「まあ、そんなとこやね。おまえとこの血筋を絶やすから、謝るんも含まれてるし、親御さんに、『貰います』は、基本やろ? 」
「ほなら、俺も、おまえとこへ詫びいれんなあかんか? 」
「いや、うちはええねん。俺は、絶やしたいと思ってたからな。おまえで好都合や。おまえは、孕ますのが難しいし、でも、俺のツボに見事にハマッとる。なんとも有り難い嫁や。」
「なんか、俺が悲しいんやが? 」
「そうか? おまえ、嫁やないか。」
「まあ、そうやけど・・・そう言われてると、ちょっと傷つく。」
「えーっと、チェンジ? 」
「あー、それは無理。もう、今更や。」
 背後の桜に凭れかかり、苦笑した。本当に、今更だ。七年もしてから、言うことではないだろう。ああ、七年か、と、ふと、長い時間が経過したことに気付いた。ひとりで、知り合いがいない大学に通って、たまたま、語学で同じクラスになった彼と知り合った。あまり、他に受講生がいなかったので、自然と連むようになった。まさか、ここまで親密な関係になるとは思わなかった  。
「なんや? 俺が言うたことで、どっか、笑うとこがあったか? 」
「いいや、おまえと七年も一緒なんかと、ちょっと気が遠くなっただけや。」
「なんや、それ。」
「え? 長いやろ? 小学校一年から、中一までやぞ。」
「でも、最初の頃は、そんなに親しくない。今でも、おまえは謎や。」
「はあ? おまえこそ、何言うてんねん。今更。」
「おまえ、自覚ないんやろうとは思っとったけどな。・・・・俺、おまえから、子供の頃の話とか、家庭環境とか聞いたことがないんや。」
「ああ、言うたことはないな。取り立てて喋るようなことでもないやろ? おまえかて、言わへんやないか。」
「それは・・・おまえが、ちっとも聞いてくれへんから。聞いてもくれへんこと、べらべら喋れる性格やないで、俺は。」
 ぴんとくるものがあって、もしかしたら、と、気付いた。
「もしかして、俺の家庭環境とか、子供の頃のことが知りたいから、ここへ住みたいって言うた? 」
「そうや。これやったら、いろいろと尋ねてもおかしかないやろう。だいたい、おまえ、両親も親戚も全滅してるやなんて、なんで言わへんかったんやっっ。俺、実家に帰省してた時は、どうしとったんやっっ。」
 そういや、そうだった、と、思い出した。学生の頃は、彼はちゃんと、実家へ帰省していたのだ。どこにあるかは聞かなかったが。
「別に、普通に暮らしとった。」
「おまえというやつは・・・。」
「何か不都合でもあったか? 」
「それやったら、俺に付き合ってくれたらよかったんや。」
「付き合っとったがな。」
「その付き合うやないてっっ。帰省する時、一緒に来ればよかったって言うとんねんっっ。この天然は。」
「なんで? 」
「ひとりやと寂しいやろうがっっ。」
「ああ、おまえ、寂しがりやもんなあ。俺は、ひとりでもええんや。たまに、ひとりっていうのがないと息が詰まるほうやからな。」
 ずっと、そうだったのだが、なぜか、彼との暮らしは気詰まりがない。あまり干渉しないし、お互いに別の仕事をしているからだろう。
「おまえ、もうちょっと、聞いてくれよ。」
「そういわれても、こういう性分やからなあ。話したかったら、言うてくれんと。・・・あ、ほんなら、幼馴染みがいてないっていうのも、嘘か? 」
「嘘なんかつくかっっ。うちは、親父が転勤族やったから、引っ越ししまくってたのは、ほんまじゃっっ。おまえのほうや、聞いてもええのんか? 」
「うち? みんな、縁は切れてるけど? 」
「だから、なんで、全滅なんや? まさか、孤児ってわけでもないんやろ? 」
「こじ? うわぁー、俺、『母を訪ねて三千里』てかえ? 全滅って、生きてはおるで、うちの親族。」
「え? だって、誰もいてないって。」
「俺が縁を切られた。七年前に、『出て行け』って、一言で追い出されて、そのままや。それで、うちの家は、どっかに引っ越ししてしもうて、行方不明なんやわ。たぶん、生きてるんやないか? 知らんけど。」
「勘当ってやつか? 」
「さあなあ、俺、鬼子やったから、ようわからへんねん。・・・どうも、親とは合わへんかったしな。だから、縁切りされて、別に困ったことはなかったんや。元からバイトして、金はあったし、家に生活費入れてたから。それを、そっくり、アパートの家賃にしてしもたら、それでいけた。」
 実際、何も一人暮らしと変わらなかった。ただ、空間に人間が存在するかどうか、程度の差でしかなかった。たぶん、どこかの感情回路が壊れていて、愛とか情とかいうものが繋がっていないんだろう。
 そんなことを気にして、わざわざ、通勤時間がかかる場所へ引っ越した彼は、情の深い人間なんだろう。問い質すよりも、実地見聞という行動に転じた。聞き出して、心の傷に触るよな真似を心配したはずだ。
「おまえ、それでええんか? 探すなんて簡単やろ? 」
「別にええんと違うか? 墓は、先祖代々といろいろと入ってるから、うちだけが管理やないはずやねん。」
「ああ、うん。それはええねん。別に、墓はええんや。俺は、ケジメとして挨拶したかっただけやから。」
「俺も、やっぱり挨拶するべきか? おまえんとこは生きてるんやな? 」
「生きてるけど、今は海外やねん。定年退職して、金のかからんとこへ住むって・・・電話とかあるけど、むっちゃ元気そうや。」
「海外? おまえ、金持ちのボンやったんか? 」
「そうでもないやろう。両親が、海外のほうが住みやすいって言うだけのことや。・・・なんか、あほらしなってきた。俺、おまえが、どういう子供やったか知りたいって思ったけど、その様子やと今とかわらへんってことやな。」
「だから、普通の子供やったって、俺は言うたがな。」
「普通ちゃうやろっっ。だいたい、親に勘当食らうようなヤツのどこが普通やねん。」
「あるんちゃうか? 親言うたかって、合う合わんはあるやろし。・・・別にええんやないか? 俺は、これでええと思ってる。でも、おまえが、金持ちのボンとは気付かへんかった。・・しもたわ、もっと奢らせとくんやった。」
 ごくごく普通の転勤族の子供と、当人は普通だと思っていた普通ではない子供。子供の頃に出会っていたら、こういう関係にはならなかったかもしれない。ふたりとも、静寂な空間が好きだった。食事時に、テレビをつけたりしない。そういう静かさが共通していて、ここまで繋がってしまった。
「親に勘当されるような俺では、一緒に住めへんやろうか? 今やったら、まだ、傷口は浅いと思う。」
作品名:一生に一度の恋をしよう 作家名:篠義