一生に一度の恋をしよう
「あほかっっ。俺は、そういうとこは、どうでもええ。ただ、おまえが、誰も家族がいてない理由が知りたかっただけや。おまえみたいな人間は、俺ぐらい人間が出来てないと、付き合えるかいっっ。」
ぷいっと向きを変えて、彼は山門へと歩き出す。とんでもない言われ方をされたような気がしたが、確かに、そうかもしれない。友人と呼べる相手が、彼しかできなかったのは事実だ。寂しいという感情は、やっぱりわからない。ぼんやりと、枝垂れている桜を見上げた。
・・・・もし・・・終わったら、寂しいと思うんやろか・・・・
付き合った人間が、まったくなかったとは言えない。それなりの付き合いはあったし、それなりのこともやった。別れるのは、いつも、相手からで、自分から切り捨てたことはない。来るものは拒まずだったから、去るものも追わなかった。実際、彼が別れを告げても、「ああ、そうかい。」 と、納得するだろう。ただ、その時に、「寂しいなあ。」 と、呟けるかということぐらいだ。まるで、空気のような存在だから、居ても居なくても変わらないのかもしれない。だが、静かな食事時に、ぼつぼつと会話するのがなくなるのは、『寂しい』のかもしれない。
「何してんねんっっ。そこで、死体にでもなるっちゅーんかいっっ。」
考え事をしていたら、いきなりに手を引かれた。戻ってきた彼は、困ったような顔をしている。
「・・・悪かった・・・」
「何が?」
「言いたないことを喋らせた。」
「いや、別に。」
「もう、この話はなしや。コンビニで、茶を買う。」
何事もなかったように、彼は、そう宣言した。当初の目的は、それだったからだ。
「・・・俺・・・人間として、あかんのやろ? 」
「はあ? 」
「おまえぐらいの物好きは、そうそうおらんということやろう。俺は、どっか壊れてる。だから、親にも追い出されるんや。それは、欠陥と違うか? 」
「珍しいこともある。おまえが泣き言か? 」
「泣き言ちゃう。欠陥がある人間と付き合う奇特な人間やと、おまえを褒めてるだけや。」
「おおきに、おおきに。今夜はサービスさせてもらうよってな。」
掴まえた手首をしっかりと握り、ゆっくりと歩き出す。彼は、いつものように軽口を叩いているが、手は汗を滲ませている。
「俺、おかしなこと言うたか? なんで、そんなに緊張してんねん? 」
「・・・おまえにプロポーズされた気分なんや。」
「え? 俺、そんなん言うてない。」
「いいや、さっきのは、俺にしか扱われへんと、おまえが認めたってことやろ? もちろんや。俺が一生大事に扱ったる。おまえが壊れてても、俺はかまへん。はははは・・・孕まへんわ、壊れてるわ、最高やな? 俺の嫁。」
「だから、嫁って言うな。」
「ほな、まいすぅいーとはにーとかでええか? 」
「どあほ。」
「おおきに、おおきに、俺、なんか舞い上がりそうや。」
鼻歌でも歌いそうな機嫌の良さで、彼は前を歩く。逆に言えば、こんな神経の細いヤツの相手ができる人間も限られているのだと思う。たかだか、同居人の過去を知りたいがためだけに、同居人の地元へ住むなんていうことをするようなヤツは、心優しく神経が細いのだと思うのだ。
「割れ鍋に綴じ蓋や。」
「なんか言うたか? 」
「なんでもない。ええ加減に、手を離せっっ。」
「サービス、サービス。」
寺から出るまで、彼は手を離さなかった。
作品名:一生に一度の恋をしよう 作家名:篠義