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一生に一度の恋をしよう

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桜がはらはらと散り始め、ランドセルが妙に大きく感じられる小学生が集団で登校していた。もう、そんな季節なのだと、帰り道に、少し遠回りして小学校のグランドを外から眺める。今は、物騒な時代になったので、夕方、校庭で遊ぶ子供は少ない。自分たちの頃は、暗くなるまで、この校庭で走り回っていたというに、時代は変わってしまった。
 誰もいない夕方の校庭は、どことなく寂しそうだ。ここを卒業して、近所の連中と繰り上がるように中学、高校と通っていた。そして、ひとりだけ違う大学へと通うことになって、初めて知らない真新しい他人というものに接触した。生まれてずっと一緒だった幼馴染みとは違う関係に戸惑ってばかりいたのも、懐かしい思い出だ。
 ひとつずつ、自分が組み上げて行かなければ始まらない関係は、結局、紆余曲折を繰り返し、四年を経過して、ひとつのものになった。
 実家は、すでにないので、地元に戻ったものの、アパートに住んでいた。ファミリータイプのアパートなので、少し広いから気詰まりはない。
「寄り道してたやろ? 」
 帰ったら、同居人が台所に立っていた。
「見てたんか? 」
「うん、校庭を眺めている愁いを帯びた瞳なんてものは、なかなかそそる代物やった。」
「・・・一度、死ね。」
「お褒め頂いて光栄だ。食べるやろ? 」
「ああ。」
「風呂のほうは頼むな。」
「うん。」
 すでに、肉親がいない地元に戻ってきたのは、同居人が、「子どもの頃に住んでいた場所から始めるというのは、どうや? 」 などと言ったからだった。職場へ通うには、少し不自由な場所ではあるが、「住んでみたい。」 という同居人の言葉に断れなかった。彼には、そんな場所がないのだと言う。幼馴染なんてものはないし、長く住んだ場所もない。だから、そういう場所を知りたがった。


 料理だけは得意な彼は、食事の準備だけは完璧で、いつも、手の込んだものを作る。お互い、働いているので、無理はしなくてもいい、と言うのに、「これぐらいしか、貢献できないからさ。」 と、手間隙かけてくれるのだ。
「ああ、もう、土筆なんだなあ。」
「まあ、スーパーで売ってるやつやけどね。」
「でも、よく、こんなものの下処理なんて知っているな? 」
「本というものが、この世にはある。それを読めば、誰だって、山野草の食べ方ぐらい理解できる。」
「・・・なるほど。そういや、子どもの頃は、よく土手に摘みに行った。もう、護岸工事がされてて、土手も味気なくなってもたわ。」
「日本は、狭いからなあ。しゃーないんやろうけど、そういうのさみしいと思う。」
「なんとかしてくれよ。総理大臣にでもなってさ。」
「あほ、そういうことは、もっと若い頃に頼んでくれ。」
「今からは、あかんか?」
「おまえ、公務員に、何を大層なこと、ぬかしてるんや。おまえこそ、どうや? 」
「ただのサラリーマンに無茶言うな。」
 いつもの冗談のような応酬をしながら、食事する。なぜか、ふたりともテレビを見ないし、酒も、あまり飲まない。だから、食事だけだ。外からの音が少し聞こえる。電車が走り行く音や、パトカーの音。別段、何もおかしな音はしない。
「あの学校は、おまえの母校か? 」
「・・せや・・・でも、だいぶ変わってる。」
「見たかったな、半ズボンのおまえ。」
「・・・・おまえなあ・・・」
「可愛かったやろ? 」
「さあなあ。どこにでもおる普通の子供やったからな。でも、ここで、おまえと逢ってたら、幼馴染になってたから、今とは違うことになったかな。」
「・・・ああ、せやな。でも、ここじゃないとこで、一緒に暮らしてたんちゃうか? 」
「うん、そうかもしれへんな。」
 ここに住みたいと言ったのは、彼で、彼は、ここで始めたいと言った。幼馴染でもない、友達でもない、これから、ずっと暮らしていく同居人として、この場所に住みたいと言ったのだ。同じもの見て、同じ時間を作っていく、その最初の場所に、ここを選んだ。そうすれば、少しは、一緒ではなかった時間が埋められるかもしれない、などという、とても子供っぽい理由だった。

 彼には、そういうものがなかった。だが、どんな理由で、そんなことになったのか聞かなかった。聞く必要はないだろうと思ったし、言いたければ喋るものだろうと、放置していた。すべてを知る必要なんてものはない。もし、騙されていたとしたら、騙される自分が悪いのだ。
「校庭の桜は見事やったな。」
「あれは、俺らが、卒業記念に植えたやつの生き残りや。一本しか残らへんかった。」
「二十年もすると、あんなになるんか。」
「そうやな。」
「子供の頃に、何十キロか続く桜並木っちゅーやつを見た。あれはすごかったなあ。」
「ふーん、どこで? 」
「さあ? 記憶にあるのは景色のみ。」
「行きたいか? 」
「別に・・・校庭の桜のほうがええ。」
 同じ景色を眺める、ということが大切らしい。どこの生まれだとか、いうことも聞いたことはない。見事な関西弁ではあるが、おそらくは、違うのだろう。たぶん、ここで生活するのに、必要だから取得したというところだ。
「あそこから、ちょっと行った寺の桜は見事やぞ。」
「なら、土曜日にでも散歩しよか? 」
「それは遅いな。散ってるかもしれへん。」
「別にええやないか。散るのは、綺麗や。・・・あ、今から、腹ごなしに行こう。ほなら、人目にもつかへんし。」
 そう思いついたら、いきなり、彼の食事スピードが上がる。そんなに、同じ記憶が欲しいのか、と、おかしくなって、噴出した。
「まあ、ええけどな。別に慌てんでも、来年も再来年もあるんやけどな? 」
「・・・あ・・・」
「おまえ、忘れてるんかもしれへんけど、ずっと一緒に暮らすんやろ? なら、一年単位で考えんでも、かまへんのやないか? まあ、ここに長いこと住む必要はないけど、俺は、すぐに引越しは御免やで。敷金とか礼金とかかかるんやから、次の更新までは住む。」
 三年後に更新がある。だから、それまでは動くつもりはなかった。
「ああ、すまん。つい、昔の癖で・・・・」
「時間は、おまえが決めたらええ。誰かに命令されるようなことはあらへん。」
「・・・せやな・・・でも、行こうや。せっかくやん。」
 そう言われてしまえば、やっぱり、こちらも食事の手を早める。どうして、そんなに同じ記憶が欲しいのだろう。これから、作ればいいだろうに、なぜ、そんなに慌てるのか、不思議ではあった。


 食事して、後片付けを手早くすると、ふらりと、外へ出た。行き先は、とりあえず、コンビニだが、そこへの途中に件の寺がある。裏には墓場もついている正真正銘の寺で、こんな時刻に、散歩する人間はなかろう、という場所だ。山門を入ると、やはり、無人の空間だった。
「おまえ、健康やんな? 」
「なんで? 余命幾ばくもないとかのほうが好みか? おまえ。」
「いや、そういうのは、重いから勘弁や。」
「ほなら、なんで? 」
「思い出作りに熱心やから、なんかあるんかと・・・」
 ぼそりと呟いたら、無視された。ふたりして、寺の境内まで来ると、うっすらとした照明に映し出された桜が目に飛び込んだ。並木ほどにはないが、数本の見事な枝垂れ桜がある。
「枝垂れやったんか。綺麗やなあ。」
作品名:一生に一度の恋をしよう 作家名:篠義