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花月水都 そのに

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 だが、期待してはいけない。もし、仕事の都合で出張が延びたら、落胆するから、それが怖い。もし、そのまま、戻れなかったら、忘れるために、マンションを引っ越すだろう。忘れてしまえば、寂しいことも悲しいことも感じなくていいからだ。
 そのまま、どこかで、誰かの手をとればいい。何も期待せず、ただ誰かと暮らせば、それで忘れていくだろう。ただ、無傷ではないから、少し臆病になってしまうだろうか。
「・・・ごめんな、花月・・・・土曜までは忘れへんから・・・・」
 切れてしまった携帯を、ぼんやりと眺めて、遠いところにいる同居人に謝った。どこかが壊れている自覚はある。それを肯定して、それすらひっくるめて認めてくれるのは、花月だけだった。それは大切なことだとは思う。だが、それがなくなったら、自分で立っていられなくなりそうで怖いから、認めたくはない。なんでもないことだが、花月が家に居れば、ほっとする。肌を合わせれば、それだけで落ち着く気持ちがある。ずっと、それがなんであるか考えることはしない。考えたら、怖くなると予想が着いている。
・・・・なんだかなあー、あいつと暮らしてからのほうが、余計に壊れたような気がせんでもないぞ・・・
 それが良いことだったか、どうか判じかねている。だが、悪いことではなかったとは思っている。


 病院の消灯は早すぎて眠れない。テレビばかり見ていて飽きてしまったし、読書する気にもなれない。
 考えるのは、同居人のことばかりだ。どうせ、食べられていないレトルトが、台所で山をひとつ作っているだろう。菓子パンぐらいは食べているだろうか、それとも、気分転換に自炊でもしているだろうか。いや、自炊なんてしないか。また、コンビニ弁当で食いつないでいるだろう。
 寂しがってはいないだろう。外面的には、普通に淡々と暮らしているはずだ。なにせ、当人にも自覚はないのだ。寂しいという感情が、水都には稀薄だ。だから、淡々と生活することはできる。その感情を自覚したら、水都は余計に壊れてしまうからだ。
 吉本だって、それを初めて見た時は、衝撃で絶句した。たぶん、誰一人知らないだろう、吉本だけが知っている浪速の泣き顔だ。
・・・・・・あれを、見たから、俺は手を出したんだもんな・・・・・・
 学生時代の年末に、帰省するから挨拶がてらに顔を出した。そのまま、次の日に帰省するつもりで、荷物も持っていた。あまり酒には強くないから、ふたりして、缶ビールを三本も開けると、ふらふらになる。浪速は、テレビを、あまり見ないから、酒盛りするのも、無言だ。適当に世間話くらいはするが、それだって途切れたりもする。
 大学のある街は、とても静かだった。冬休みで、学生がいないからだろう。
「静かやな? 」
「このほうがええ。」
 騒がしいのは好きではないから、どちらも、のんびりと好きなことを喋って、気付いたら酔っぱらって横になっていた。水都は、まだ飲んでいて、窓のほうを眺めていたので、俺は目を閉じた。
「・・・・あかんねん・・・・あかんねん・・・・花月は消えたらあかんねん・・・・」
 気持ちよく眠っていたのに、いきなり、揺さぶり起こされた。何事だ? と、目を開けて絶句した。いつも無愛想な浪速が、本気で泣いて、俺を揺さぶっていたからだ。
「・・・・花月?・・・・花月?・・・・・消えたらあかん・・・・」
・・・・え?・・・・・
 不思議な呪文みたな言葉を、浪速は繰り返していた。「消えたらあかん。」と、繰り返す。黙って聞いていた。いきなり、浪速が泣いていたからびっくりしたっていうのもある。ついでに名前で呼ばれたのも、びっくりだ。
「・・・花月が消えると、俺も、どんどん小さく丸くなって、しまいになくなるねん・・・・せやから、花月は消えたらあかん・・・・」
 酔っぱらっているのだろうが、それにしたって、驚きだ。世の中を斜めに生きているような浪速が、呟く言葉は、子供みたいだった。何度も何度も、「消えたらあかん。」 と、繰り返されるに至って、浪速は寂しがりなんかもしれへんと、ようやく気付いた。
 人生を正しく生きていくというのは、家族ができることだ。誰かが傍にいることが、浪速の願いの根本であるのだろう。本人は、そんなこと、気付いていないから、あんな物言いになるんだろう。
・・・・・・せやんなあ、おまえ、連絡する相手がおらんねんもんなあ・・・・・・
 しみじみと、浪速の涙に、それを実感した。連絡する相手は、俺だけだ。だから、なくなるな、と、せがむのだ。
「・・・・えーっとな、水都・・・・・」
「ん? なに? 花月。」
初めて、名前で呼んだら、嬉しそうに笑った。涙でぐちゃぐちゃの顔で、嬉しそうに笑う浪速に、胸が痛くなった。
「・・・おまえ、俺におってほしいんか?・・・」
「・・うん・・・・おまえしかおらへんもん・・・・」
 ああ、しらふではないな、と、こちらも笑った。でも、これが、こいつの本音なんだろう。なんだかんだと、連るんでいたのは、浪速にとっても嬉しいことだったのだ。
「わかった。ほんなら、消えへんって約束するわ。大丈夫や、消えたりせぇーへん。」
 起き上がって、浪速を抱きしめた。緩々と、背中に、浪速の手が添えられて、やっぱり、わんわんと泣かれた。
「明日、起きたら、ごはん食べて、ほんで、夜には二年詣りに行こう。約束や、水都。」
「・・うん・・・」
 年明けに、少しだけ帰ることにした。別に、親は帰らなくても、文句は言わない。適当な理由があれば、それで、どうにかなる。寂しいのだと知らない水都に、寂しいと教えてしまったのは、俺で、しかも、縋る相手も俺だけだ。それなら、責任は取ろうと決めたのだ。
 次の日、起きたら、お約束のように、浪速の記憶はすっからかんに抜け落ちていて、なぜ、俺が帰省を取りやめて、ここに居座るのか、わからないと首を傾げていた。
・・・でもな、おまえの気持ちは、もうわかったから・・・俺は、迷うことはなかったわ・・・・あんなに泣かれたら、もう、他はどうでもええっちゅー気になるっていうーんや・・・・

 早く帰りたいと、真っ暗な病室で、目を閉じた。卒業する前に、関係は親友ではなくなったけど、別に、それでいいと思った。両親に孫を見せるつもりは、元からなかったし、何より、この壊れているやつの傍に居てやりたいと思ったからだ。水都は、関係が変わってしまうことに躊躇はしなかった。ただ、俺がやることを受け入れた。たぶん、当人は気付いていないだろうが、本当は、それを受け入れることは難しいことだったのに、だ。支えてくれる相手として、俺を考えているから、水都は受け入れた。独りでは立っていられなくなるのだと知らずに、離れることはできなくなるのだとも気付かずに。だから、水都が生きている限りは、傍に居て、水都の死に水を取るつもりで、俺は、傍に居る。そうしないと、水都は、人生を全て投げてしまうだろう。なんとなく、気が合ったのが、最初の躓きだったかもしれない。俺も、あいつでいいと思うから、この関係で納得できる。
・・・大切に、とか言うんではないけどな・・・とりあえず、一緒に居るのだけは絶対や・・・
 七年も夫婦もどきでいると、そんな感じだった。

作品名:花月水都 そのに 作家名:篠義