小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

花月水都 そのに

INDEX|4ページ/4ページ|

前のページ
 

 土曜日は雨だった。退院手続きや、次の診察の予約やら、何かと手続きがあって、終わったのは午後過ぎていた。そのまま、自宅近くのコインランドリーへ飛び込み、洗濯物を放り込んだ。十日の入院で、動けるようになってからは洗濯していたが、それでも溜まっていた。
・・・・・うちにもあるんだろうな・・・・ついでだから、ここへ運んできて一気にやるか・・・・
 同居人は、本日、出勤だと言ってたから、夕方まで時間はある。とりあえず、洗濯して、掃除して、晩御飯を用意するつもりで、身軽に家に帰ったら、居間に入って死ぬほど驚かされた。
 居間のこたつの横に、同居人が転がっていたからだ。スーツのまま、ごろりと倒れている。
「みっみなとぉぉぉっっ。」
 ああ、失敗した。十日は長かった。栄養失調か過労か、それとも、別の病気か、とりあえず、救急車を呼ばなければっっ、と、俺が慌てふためいていると、むっくりと、水都は、起き上がった。
「・・あ・・お帰り・・・えらい早いやないか。」
「・・お?・・・」
「・・・まだ一時前やんけ・・・・はるかでも使こうたんか?・・・」
「・・おっおまえ・・なんで・・・」
 別に、どこかが悪い様子ではない。目を擦って、あくびをしているところを見ると、明らかに寝起きだ。
「おまえが、今日、帰るっていうから、今朝四時まで仕事してた。ほんで、帰ってから、掃除してご飯でも用意したろう、と、思ってたんや。」
 しかし、さすがに深夜残業は堪えて、居間で沈没したらしい。期待はしないが、準備くらいはしてやろうと、浪速は考えた。帰らなかった、としても、家事をやったと、自分に言い訳できる程度に。
「まぎらわしいことすんなやっっ。」
「・・なにが?・・・」
「俺、おまえが具合が悪いんかと慌てたやないかっっ。」
「・・・ああ・・すまんなあ・・・仕事は無事やってんな。よかったわ。」
 さすがに、脱力して、俺は座り込んだ。そして、同居人の顔を見て、ほっとした。こいつは、心と身体が連動しないので、ちゃんと日常生活はしていた様子だったからだ。痩せてなければ、それでいい。人間として生きていることはできていた。だが、それだけだ。笑いもせず泣きもせず、ただ淡々と生きていただろう。
「すまんかったな、水都。」
「しゃーないやろ、仕事やねんから。だいたい、おまえ、見ず知らずの御堂筋さんとメシ食うのは、大変やったんやぞっっ。俺は子供かっっ。誰かおらんと、メシも喉を通らへん、乙女かっっ。このどあほっっがっっ。」
 新聞紙の束で、ごつっっと頭をはたかれる。それとほ痛くはないが、笑えてしまう。怒ったフリで喜んでいるのがわかる。ぽんぽんと罵詈雑言が吐き出されるので安心する。人生を投げてはいない証拠だ。
「それやったら、『ダーリン、さびしかったぁーあは~ん。』とかいう、お出迎えしてくれよ、嫁。」
「できるかぁぁぁぃっっ。なんで、『あは~ん』やねんっっ。そんなんしてほしかったら、キャバクラでもメイド喫茶でも行ってこいっっ。」
「ああ、それもええな。『お帰りなさい、ご主人さまぁ~ん』で、ひとつ、よろしく頼むわ、嫁。」
「さっき、『お帰り』って言うたった。」
「なんで、そんなに素っ気無いかなあ、俺の嫁は。」
「おまえが無茶な注文ばっかりするからじゃっっ。・・・・なんでもええわ。とりあえず、着替えたらどうや? 」
 ふたりともスーツ姿だ。万が一の場合を考えて、俺は病院から、スーツで帰宅した。ようやった、と、自分を褒めてやりたいぐらいの機転だ。
「おまえも着替えろ。せやせや、洗濯物をコインランドリーへ持っていかなあかんねん。その間に、おまえ、メシ買おてきてくれ。」
「あるで、そこに。」
 同居人が指し示す場所には、やっぱり、こんもりとレトルトの山があった。
・・・・やっぱりか・・・・
「ほんだら、何食ってたんや? 霞か? 」
「あほ、霞で生きていけるんやったら、俺、大金持ちになっとるわっっ。仕事で残業ばっかりしてて、家には寝に帰ってただけや。外で食ってた。」
「そうか、ほんなら、晩御飯は力入れて作らせてもらうで。寂しい思いさせてた詫びや、なあ、嫁。」
「たまには、俺が作ったる。仕事で疲れて帰った旦那を癒したらんとあかんからな。」
 にっこりと笑って、俺の嫁は立ち上がった。その腕を掴んで背後から抱きしめた。
「ただいまやで、俺の嫁。」
「おかえり、俺の旦那。」

 会いたいと思ったのは、どちらも一緒だと思う。ただ、俺の嫁は、ちょっと壊れていて、人生を些か投げている人なので、これぐらいのスキンシップで事足りる。『俺の嫁』であるかぎり、こいつは、人生を全て投げることはない。寂しいのだとわからなくても、誰かの体温があれば、寂しくはないのだと、身体は気づいているはずだ。だから、ぐにゃりと身体から力が抜ける。支えて貰えるとわかっているからだ。
「・・・久しぶりに・・・ナンパでもしようかとおもった・・・」
「浮気しても意味ないねんで? おまえ、『俺の嫁』やからな。旦那の俺しか、あかんねん。」
「・・・わかってる・・・なんか腹立つな・・」
「まあ、ええがな。とりあえず、そこのラーメンでも食うて、コインランドリーとスーパーへ行こうや。・・・俺、鍋がええわ。後で、雑炊できるやつにして・・」
「わかった。水炊きでええな。俺がスーパー行くから、おまえ、洗濯してくれ。」
 別段、甘い台詞なんてない。ただ日常の会話をしているだけだ。それでいいと、お互いに思っている。日常を暮らすだけで、満足だと、互いに思っているからだ。
作品名:花月水都 そのに 作家名:篠義