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花月水都 そのに

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 そう肯定されて、少し気が楽になった。まあ、そういう人だからこそ、あんな村の行事に、俺たちを行かせたのだろう。そういうことは、一切なかったな、と、自分でも気付いて笑った。ただ単に同じ授業を受けて、どちらかの部屋で飯を食ったりするぐらいのことだけだったからだ。そういう関係になってからも、たまに強引に、花月に連れ出されはしたが、それだって、どこかの山の上とか海岸とかまで散歩するぐらいのことで、気の利いた台詞も、おしゃれな食事なんてものもなかった。

 結局、同居人がいつ帰れるのかわからないまま、スーパーの袋いっぱいのレトルト食品と菓子パンを持たされて、御堂筋さんと別れた。たぶん、これは消費できないだろう。家には寝に帰るだけだから、食事は外食だ。誰も居ない家は寒いから、あまり長時間居たくない。





「先生、最短で退院させてもらいたいんですが、明日とか、どうですかね? 」
「・・・・吉本さん・・・それは無茶です。まあ、経過は良好なんで、週末ぐらいには退院してもらえるでしょう。」
「土曜日の朝ですよね? 」
「まあ、いいですけど、珍しいですよ、吉本さんみたいな患者さんは。普通は、延ばして欲しいとか言います。」
「そら、俺かて、なんもなかったら延ばしてほしいとこですわ。」
 でも、俺には、早く戻って、無事に姿を確認させないとあかん相手がおるんです、と、正直に言ったら、「わかりました。」 と、医者に苦笑された。


 週末に退院できることが判明して、とりあえず職場に連絡した。別段、忙しい時期でもないので、「ゆっくりでええぞ。」 と、課長からも、自宅療養するように勧められた。
「ええ、わかってます。でも、あんまり休むと忘れてまうんで。・・はい・・・はい・・・ああ、すんません、御堂筋はいてますか?・・はい・・・」
 さすがに、術後三日ばかりは、痛いし熱は出るしで、公衆電話まで遠征できなかった。まだ痛みはあるが、歩けるので、看護師の詰め所の横にある公衆電話まで遠征した。
「おう、御堂筋か? 俺の嫁は元気か? メシは?・・・・なに? レトルト? あほかっっ、そんなもん、食うかいっっ。」
 とはいうものの、俺の嫁は人嫌いなので、御堂筋にしたって、それが限界だったのは、わかっている。たぶん、週末に家に帰ったら、食べていないレトルトの山が、ひとつ転がっているだろう。
「ああ、ええって。・・うん・・うん・・・すまんな。月曜日には顔出すさかい。・・うん・・・ほな。」
 礼だけは言って、電話は切った。ということは、そろそろ人生を半分ほど投げ出していることだろう。慌てて、浪速の携帯の番号をプッシュする。
「俺。俺や・・あ・・・・」
 出た途端に切られた。
・・・あほや・・・・携帯やないから、リダイヤルできひんのに・・・・・・腹痛いやんけ・・・
 「俺俺詐欺」みたいな言葉だったが、声でわかるはずだ。だが、それすら忘れているのか、と、思って心配になった。 もう一度、プッシュすると、今度は、ぶっきらぼうな応対をされた。わかってはいたらしい。
「俺俺詐欺ちゃうで、水都。・・・・ああ、ごめん・・・充電器忘れてな・・うん・・・・・どうにか土曜日には帰れると思う・・・・ああ、おまえ、仕事か?・・うん・・・うん・・・・俺も、めっさ忙しいねんて。・・・何? 愛しいダーリンからのラブコールが欲しかった? ・・・・うそうそ・・・うん・・・うん・・・ほな、また電話するさかい。うん。・・・・忘れんなよ、おまえは、『俺の嫁』やねんからなっっ。」
 それだけは、はっきりと言って電話を切った。あんまり長いこと、放置すると、『俺の嫁』は、『俺の嫁』であることを忘れる。鳥頭なんではなくて、寂しくて、その存在自体を忘れようと努力する。忘れると、たぶん、人生すべてを投げるであろう。正しい人生設計なんてものを思い出して、実行するに違いない。だから、早く帰らなければならない。それは、俺の嫁でなくなって、ただ正しいと世間で評価されるだけのものでしかない。水都にとっては、人生なんて生きてればいいんだろうという程度のものになってしまう。それだけはダメだと、俺は思うから慌てるのだ。


 結局、俺たちは、その語学の授業が気に入って、次の年は、その上の授業も受講した。やっぱり、俺と浪速しか生徒がいなくて、教授も同じ人だったから、気軽な感じで勉強させてもらえた。だから、毎週、やっぱり、顔を合わせて、たまには、浪速か俺の下宿で飲むこともあった。外食は金がかかるから、俺が作った食事を食べることもあって、週に何度かは、顔を合わせているようになった。
 浪速は、それなりの顔立ちをしていたから、適当に彼女がいた。適当、というのは、何度も変わるので、本命はないのか? と、尋ねたら、「適当でいい。」 と、当人が答えたからだ。
「それなら付き合うなよ。」
「そうもいかんやろ? 適当に付き合って、相手が本気やったら結婚したらええことや。」
 一緒に食事していたら、爆弾発言をかまされた。
「おまえの意思は? 」
「え? 」
「だから、おまえは、本気で惚れるような相手はおらんのか? 」
「・・・・考えたこともない・・・・でも、卒業したら就職して結婚するのが、普通にやることやろ? さっさとやっとかんとあかんかな? と、思って。」
 人生の正しいレールっていうのに沿って生きていたいというのが、浪速の考えらしかった。だが、それで、浪速が楽しいとか幸せだとかいうのではないところが、とてもおかしいと思った。ただ、普通であれば、告白してくれた女性を、どうとも思っていなくても結婚して家庭を作るというのだ。
「おかしいやろ、それ。」
「なんでや? 」
「別に、これと思う相手が目の前に現れるまで、独身でおったらええがな。そうでないと、辛いぞ。」
「・・・あははははは・・・吉本は幸せもんやな? 相手に、何の期待もせんかったら、何をされても、何にもないんやで? 」
「だからな、期待できる相手を、やなっっ。」
「・・・・いらんねん、そんなん・・・とりあえず、死ぬまで生きてたら、そんでええんや。」

 ・・・・ああ、こいつ、ちょっと壊れてるな、と、俺も苦笑した。たぶん、それが気になって縁を切れなかったのだと、その時に気づいた。何も期待しないでいるなんて、相手にも失礼だ。たぶん、この水都の態度が、彼女と長続きしない原因だろうと解った。誰だって、自分に関心を向けて欲しいものだ。告白して、それを受けてくれたなら、少しぐらい関心があるのだと思うだろう。だのに、相手の態度が変化しなければ、関係は維持できなくて当たり前だ。それすら気付かないこいつが、哀れだと思った。どっかおかしいとは思っていたが、それでは、精神的な安らぎは、絶対に手に入らないのだと、こいつは知らないのだ。



 仕事をしていたら、出張している同居人から電話があった。いつものように、いつものバカ話をした。最後に、同居人が、「忘れんなよ、おまえは、『俺の嫁』やからな。」と、きつく注意をされた。
 ・・・・今更やろ? それは・・・・・
 携帯を切って、人気のない廊下で、ひとりで笑った。ただ声を聞いただけなのに、なんだか、ほっとしたのだ。
作品名:花月水都 そのに 作家名:篠義