むべやまかぜを
「魔法少女エムは先月出たものです。で、くのいちは今月……」
丸山花世は小さく首をかしげている。ただ首をかしげているだけではない。首から下がっている何かを指で弄んでいる。少女が指先で突付いているのは銀のネックレス。ネックレス先には水晶球を抱えたスカラベのペンダント。
「うん……」
少女は岡島を軽蔑することもなかったし、触手に絡みつかれた女性のイラストに嫌悪の表情を見せることもなかった。ただ……ただ、新書に手を置き、中をぱらぱらとめくり、時々、何かを聞くようにして耳を傾けている。
「……この本、売れてるでしょ?」
丸山花世はずばりと言った。岡島は頷いた。
「はい。いいセールスで……もう増刷がかかります」
「うん。作り手の人が真剣にやってるのがわかるよ」
少女は重々しく言った。
「作品は、触れれば分かるよ。真剣な作品は大崩れってしないもんなんだよね。この二冊は、作者の人が本気で書いている。これは作者の人が自分が『こういうものが欲しい』と思って書いたんじゃないかな?」
少女の考察は鋭く、だから岡島も乗り気になっている。この子は……やはり美人の女店主が紹介してくれるだけのことはあるのだ。
「四次元ノベルズ……うん。聞いたことあるよ。あんまりこのあたりの本屋さんにはないよね。秋葉原だよね、売ってるとすれば」
少女は業界に相当詳しいと見える。編集としてはこういう相手と話をするのはやりやすい。
「はい、その通りです。『秋葉原を制するものがエロラノベを制する』といいますし……」
岡島はちょっと興奮して言った。そして、少女がじっと自分の顔を見つめていることに気がついたのだろう、若い編集は恥じ入り、それから自嘲気味にこう言った。
「……日陰の業界ですけれど、まあ、僕もこの仕事には愛着、あるんですよ」
そして自虐的な編集者にカウンターの中で話を聞いていた女主人が言った。
「自分の仕事に誇りを持つのは大事なことよ。でも自分の仕事に誇りを持ちすぎないことはもっと大事なことよ」
女主人の言葉に丸山花世も賛同した。