むべやまかぜを
尊大といえば尊大。思い上がっているといえば思い上がっている。けれど、それは実力が伴わなければ、の話。実力が伴う尊大は必ずしも尊大とはならない。それに丸山花世の口調はさばけていて、どことなくユーモラスな響きがあるので、相手に必ずしも不快感を与えることがない。得な人物、であるのだ。
「あなたに仕事を任せたいそうよ」
女主人は、花世の前に椀をひとつ置いた。梅肉の入っただし汁のにゅうめん。
「仕事?」
少女は割り箸を取ると面倒くさそうに言った。
「仕事って、物語の仕事だよね?」
「さて」
女主人は笑っている。どうも花世の反応を楽しんでいるようである。一方の編集殿は楽しむような余力も余裕もない。
「ええと、ですね、大井一矢さんには以前からいろいろとお仕事のことで相談をしていまして。で、今回も誰かいいライターさんがおられないかと伺ったところ、丸山さんのことをご紹介いただきまして……」
「ふーん」
丸山花世は変な顔をして、そのままにゅうめんの入った椀に箸を突っ込んだ。
「ライター、ライター、ライター。ね。まあいいけどさ」
少女は何か不満そうであるが、その不満の原因を口に出したりはしなかった。一方、女主人は妹分のひっかかった部分が何であるのか分かっているので苦笑いをしている。
「それで、何よ? 私に何をさせたいのよ」
少女は気乗りしない様子であるが一応、であろう、細い麺をすすりながら訊ねた。岡島はこう言った。
「その、ええと、ちょっと待っててください」
岡島はカウンターの下に突っ込んであったかばんを取り出し、中から新書本を二冊取り出した。一冊は『魔法少女エム』。もう一冊は『くのいち秘闘伝』。少女は割り箸を置くと二冊の新書を受け取った。
「……」
岡島は少女の反応をうかがっている。いわゆるアダルトライトノベル。あるいはエロラノベ。カラーの口絵にモノクロのエロイラストが何枚か。そしてあとは本文。対象となる読者は十代から二十代の若い男性。当然だが、そういうものを喜んで手に取る女性は少ない。というか、普通は、そういうものを若い女性は唾棄すべきものと憎むもの。岡島の表情にはだから自分を卑下するような色があった。それでも。これは仕事であるのだ。仕事仕事仕事仕事仕事……。