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むべやまかぜを

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 「そんなことするだけの価値ってあったのかな。たっつんは、そんなことをしてないで、フツーに学校に行って、就職して、結婚して。そうしたほうが幸せだったんじゃないかな」
 丸山花世は岡島から聞いた葬式の話を思い出している。
 ――お父様は憔悴しきっていました。息子のことを最後まで理解できなかったって。
 「残っているのは、後悔ばっかりでさ。こんなんでよかったのかな。私らは、ホントに正しいことをしたのかなって。もうちょっと、みんながうまくいく方法ってなかったのかな」
 それは結果論。ありえない架空の話。
 「たっつんって、何のために生まれて来たのかな。何のために。ただエロ小説を何冊か書くために? それだけのために? たっつん、幸せだったのかな?」
 「それは」
 大井弘子は一呼吸を置いて言った。
 「幸せだったでしょう」
 その一言があまりにも断定的だったので、丸山花世は振り返ってアネキ分の顔をまじまじと見上げた。
 「幸せだった。決まっているでしょう」
 居酒屋の女主人の言葉はひどく澄み切っていた。まるでどこか別の世界から響いてくるような声。物語の神様が下りてきて、女主人の唇を通して発している。そんな透き通った言葉。
 「最後まで真剣に自分に向き合って、仕事に取り組んで。それで、誇れる仲間とめぐり合えた。そんな人生を不幸と思うのは、龍川君の人生にたいする冒涜よ」
 アネキ分の言葉に丸山花世はブランコの上で小さなため息をついた。
 「誇れる仲間……か。私が誇れる仲間か。そうかね? だといいんだけど」
 少女は無意識にスカラベのペンダントを指先で弄んでいる。女主人は続ける。
 「ときめきを感じる作品に関われることができるのは、本当に一部の作者だけなの。心の底から『携われてうれしい』って思える仕事に巡り合えるのはごく僅かな作り手だけなの。それは、一流の人間の特権なのよ」
 「特権ね。たっつんは、一流だったのかな」
 「それはもちろん一流に決まっているでしょう。こんなに貴女に大きなものを残して言ったのだから。二流の人間は普通は誰にも、何も残していかないのよ」
 寂しさを残していくのだったら、何も残さない二流のほうがありがたいのではないか。
 「龍川君は本当の意味で作家だったんでしょう。輝きを持つ本当の意味での作家」
作品名:むべやまかぜを 作家名:黄支亮