むべやまかぜを
丸山花世は八重桜を見上げるようにしていった。それは死んでしまった友達に対する言葉。お互いの物語をやりとりすることは魂をやり取りすることと同じ。少女は自分の魂の一部が消えてなくなってしまったような錯覚を覚えている。それは、丸山花世だけではない。伊澤も、そして山田も感じている痛み。
丸山花世もそうだが、仲間達は若い作家の死を惜しんでいた。
こんなところで。こんなことで。まだ若いのに。何故。
葬儀に赴いた編集殿も憔悴しきっていた。原稿を取るための新幹線代は出ないが、葬儀に出るためだったら自腹を切る。なかなかに男らしい岡島のことを丸山花世は大いに見直していたのだ。
「……お知らせ」
丸山花世は街灯の明かりの下の、新書の一番おしまいのページに目を落とす。あとがき。普通であれば、作者の駄文が乗せられるページには岡島の言葉が書き記されている。
――大変残念なお知らせです。本作の作者である龍川綾二氏が去る三月二十八日に事故で急逝されました……。
そんな一文を読まされる丸山花世の気分も最悪だが、そんな一文を書かざるを得なかった編集殿の気持も最悪だったのに違いない。
「……なんでこんなことになっちったのかなあ」
丸山花世はぼそりと言った。
なんで。何故。どうして?
答えは出ない。
そして。ぼんやりしている少女の背後に足音があった。なんとなく気配で察するということがある。少女は人影に振り返らなかった。
「花世……」
声をかけたのは大井弘子。エプロンを外してジーンズ姿になった女主人は残り物の食材を入れたタッパを抱えている。
「学校、サボったの?」
少女はアネキ分の質問には答えなかった。学校は生き死にに比べればたいした問題ではないはず。
「アネキ」
丸山花世は難問に途方にくれたようにして言った。この問題は、残念なことに解法が存在しないのだ。
「なんでこんなことになっちったのかなー。こんなに簡単に人って死んでいいものなのかなー」
少女は悲しいというよりも不思議なのだ。
「たかがエロラノベ。六千部売れれば御の字のニッチな本。そんなもののためにたっつんは命を削ってた。それで、死んでしまった」
大井弘子は黙って聞いている。