むべやまかぜを
――丸山ちゃん。たっつんのことを褒めてやってくれ。真剣に生きたあいつのことを。何万の人間の羨望交じりの賞賛よりも、たった一人の真心のほうが遥かに価値があるんだ。
「……」
通話は途切れた。
そして、残された少女はぼんやりとするばかり。
「こんなのは……おかしい。おかしいよ……」
エピローグ
夜。新橋。
四月の風には僅かだが次の季節のにおいが含まれる。遠く、中年男がカラオケでがなる歌声が聞こえてくる。
小さな廃校。
人気の無いかつての小学校のブランコの上に丸山花世は腰を下ろしている。
八重桜が美しく咲き誇り――そして、ネオンの明かりと焼き豚の煙。足元には茶色い猫がまるで瞑想する禅僧のようにして座っている。
「……桜、か」
今年も丸山花世は桜を見られた。思えば……人が生涯に眺める春の風景は限られているのだ。来年も桜の下で会おう。そう約束しても必ずしもそれが果たせるとは限らない。
「……たっつん、か」
少女は少し憂鬱な表情になっている。そんな表情を彼女が作ることは実はまれなこと。自分が中心。自分が世界の中心。実際にはそうでなくても、世界の中心。傲慢な小娘は、だから内省であるとか反省、後悔ということをあまりしない。何かあったとしても『酸っぱいブドウ』で済ませてあとはさっさと忘れてしまう。けれど、そうできないこともあるのだ。
若い作家。一緒に戦った戦友。あっという間にこの世を駆け去っていった同業者。少女はその相手のことを思っている。
「……エロラノベ、か」
丸山花世は岡島から貰った新書を手にしている。刷り上ったばかりの見本。
――黒ノ杜都ノ物語リ
カタカナ交じりの奇妙なタイトルのエロラノベ。
それは、丸山花世の作品にして、仲間達の苦闘の結晶。作者は龍川綾二。
――作者は……作者はたっつんにしよう。
丸山花世は伊澤や山田、そして編集殿にそのように提案をし――そして、その提案に誰も反対するものはいなかったのだ。だから、作者は龍川綾二。ほかの名前などありえない。
「早死には……まわりがびっくりするよね」