むべやまかぜを
「どしたん、山田のダンナ……」
――うーん……。
菜園男の口は重い。
「なんか……作品のことでまずいことが起こった?」
努力はしたけれど編集サイドの諸事情で結局はお蔵入り。この仕事ではよくあること。もっとも仮にそうだったとしても花世にとってはどうということもない。作品は作ることに意義があるのであって、売り買いはどうでもいいこと。
――ああ、いや、そうじゃないんだが……。
「うん?」
――その、たっつんのことなんだが……。
「たっつんどうしたの? たっつんのパートはおとといにはもう全部あがっていて……だから、問題もないんだけれど。ってか、作品だったら、もうオカジーのほうに全部送信したよ。書き直しとかはだからもう無理で……」
――龍川綾二な、死んだんだ。
「……は?」
丸山花世は相手が言っている意味が分からず、だから怪訝な顔を作った。
「何だって?」
――龍川綾二な、死んだんだよ。
それは理解に苦しむ言葉であった。
「死んだって? 何が?」
山田は一瞬だけ口をつぐんだ。
「死んだって、たっつんが? ええ? この前……ついこの前会ったばかりで、作品もおとといか、メールで送ってもらったばかりで……はあ?」
相手の言っていることがよく分からないので、少女は惑乱している。そんなに簡単に人は死ぬのだろうか? 少女のまわりの人間は……少なくとも両親や親族は、つつがなく大過なく生きている。昨日今日会って突然この世からいなくなるなんて、そんな失礼な話は聞いたこともない。
「あのさ、ダンナ、そういう冗談はやめたほうが良いよ。もういい年なんだからさ」
花世は口笛を吹くようにして言った。人の生死をギャグにするのはいただけない。そして山田のほうは自分の発言をジョークだとは言わなかった。
――岡島さんからも連絡行くと思う。俺は無理だけれど、山形か、お通夜に行くって言っていたから……。
「……」
少女は口を閉ざした。それは事実。
――事故だったってことだ。昨日の夜か、現場から帰るときにトラックにはねられて。ほとんど即死だったみたいだ。
「ね、ねえ、ダンナ、それ本当なの?」
本当だ、とは山田は言わなかった。事実だからこそ言いたくないということがある。