むべやまかぜを
「こういうことか。こういうことなのか」
アネキ分の受け売り。自分で口に出して言いながら、実は少女はその意味を理解せず、エロのライトノベルを一冊仕上げて、そこで、ようやく自分が語っていた言葉の意味を理解したのだ。
「消費されていくだけ。だからこそいとおしい、か」
誰にも見向きもされない日陰の仕事。けれど、だからこそいとおしい。その作品に出てくる登場人物たちがいとおしい。そこで必死になって働いている連中がいとおしい。物書きやくざは楽しそうに笑うとこうつぶやいた。
「今となっちゃあ豊中アンジーでさえいとおしいやね」
時刻は十一時を過ぎる。
まだ岡島は編集部にいるだろう。
「こいつを送信すればそれでおしまい、と……」
丸山花世はメールに原稿を添付すると、そのまま送信ボタンをクリックした。これにて任務は終了。
「ふいー」
小娘は意味不明な奇声を上げた。ちなみに作品のタイトルは岡島が編集会議で決定すると、そういうことであるらしい。
「あー、くそ、なんか、もう春休み終わりじゃんか。エロラノベだけの休暇ってなんだよそれ」
全ては終わり。
これにて一件落着。そして、栄光無き勝者を称えるようにして、少女の携帯電話が鳴った。
「お、オカジーか?」
――やりましたね、丸山さん! 脱稿ですよ!
編集殿の歓喜の声を予期して丸山花世は軽く笑った。物書きヤクザたちは立派に仕事を終えたのだ。誰にも賞賛されない、ハサミムシの功績。けれど、そこには間違いなく人間の苦悩のあとが残されている。丸山花世は自分達の小さな仕事に満足しているし、それは岡島も同じなはず。
「あれ?」
携帯を手に取った少女は胡乱な顔をする。着信の表示は……。
「なんだ山田のダンナかよ」
電話を寄越してきたのは編集ではなく、何故か山田。
「……競輪の誘いかね?」
丸山花世は菜園男とは前回の電話の打ち合わせで、競輪を一緒に見に行こうという約束をしていたのだ。で、あれば、あるいはその誘いか。
「はい、もしもし?」
少女は状況を理解しておらず、で、あるから言葉がいかにも明るい。仕事も終えて、気分的に重石の取れた状態になっていたのだ。
――あ、よかった、つながったか……。
山田の語調は明らかにおかしかった。