むべやまかぜを
「他人はどうでもいいの。誰も読み手がいなくなったとしてもかまわない。大事なのは私がどう思うか。プロもアマも関係ない」
「……」
「向上というのは……結局、まわりの人の賞賛を得たいから。それは、見栄。虚飾。お金も欲しいし、ステータスも欲しい。欲得。本当に作品を愛することと、欲得は違うのよ、龍川君」
それは極論。けれど、龍川のような若者にはあるいはそのような極論のほうが耳に心地よいのではないか。
「そう考えれば、肩の荷も下りるでしょう。ダメだったら今度。今回はうまく行かなくとも次。その次の次。そうやって輝きを一生かけて追い求める。それが物語の作り手なんじゃないのかしら?」
龍川は女主人に見入っている。一方、花世はいつものことなので握り飯をぱくついている。説教やご高説は……まあ、アネキに任せておけば良い。
「作家は旅人。永遠に世界を巡り続ける旅人。歩みを止めることはできない。そういうさだめ、でしょう。龍川君」
「……旅人ですか」
「もう少し読者の人たちを信じてあげるといいわよ。読者の人は……もちろん、おかしな作品をつかまされれば怒るでしょう。けれど、男と女の仲と同じで、一度愛した作品や作者というものはなかなかに切れないものよ」
女主人は静かに言った。
「作品は人。作品と人との出会いは結局は作者と読者の出会い。大事なのは良い作品を作ること以上に、私達が愛される人間になること。そのことが何よりも大切なことよ」
女主人の諭すような言葉に、握り飯をかじっていた丸山花世が続ける。
「そーそー! 読者にも編集にも『惚れたテメーの負けなんだよ』って言ってやりゃあいいんだよ!」
暴論に若者はちょっと混乱したようであった。混乱した青年は相手の様子を伺うようにして訊ねた。
「大井さん、それでは、どうすれば愛される人間になれますか?」
愛される人間は何もしないでも愛されるのではないか。少なくとも丸山花世は特に努力をしていないが、たいていのことは許される得な人物のように見える。女主人は穏やかに言った。
「幸せになることよ」
「……」
「不幸な人を友達とする人はいない。幸せな人、明るい人がみんな好きなの。みんな輝きを求めている」
輝き。まぶしい輝き。勝手に輝く恒星。