むべやまかぜを
店の主人はエイヒレをあぶったものを出してくる。龍川はさらに恐縮している。そしてその日最後の客は言った。
「えーと、その、山田さんに聞いたんです。大井さん、お店をやりながら作品書いているんだって。それで聞いてみたいことがあって。傘も借りているし、だから、こうしてやってきたんです」
「聞きたいこと?」
大井一矢は不思議そうに言った。
「お店やってて、それで、作品書いて……いったい、どうやって両立させてるのかなって」
龍川はちょっと疲れたような表情である。
「工事現場でバイトしたり。やっぱり時間がタイトになってしまって。どうやれば時間的にうまくやりくりできるのか。悩みなんですよね」
「そうねえ」
大井一矢、本名大井弘子は首をかしげた。
「僕もプロのライターですから、時間は作るものだって分かってるんです。けれどなかなか、うまく行かなくて……」
「こんなところに遊びにやってくるのが悪いんじゃねーの?」
大井一矢ではなくて、丸山花世が言った。
時間は作るもの。わかっているならば居酒屋なんかに寄っている場合ではないだろう。それこそが無駄。省くべき回り道。
「それに……たっつん、ライターは作家と違うよ」
おしゃべりな丸山花世をアネキ分は楽しそうに見ている。
「え? ライターと作家って違うの? 同じじゃないんですか?」
若者は大井一矢に尋ねた。女主人は笑っただけだった。
「作家はさ、言ってみれば恒星だよ。自分で勝手に輝く。誰もいなくても、誰に見られていなくても勝手に光る。そいつが作家だよ。ライターはそうじゃないんだよ」
「えーと、そうなのかな?」
物書きヤクザ殿は当たり前のことを聞くなという具合に続ける。
「作家は船で言ったら動力船だよ。エンジンがついていて、どこまででも勝手に走っていける。けれど、ライターはそうじゃないっしょ。ライターは何か対象がないと成り立たない商売。ゲームのライターはゲームがないとできないし、フードライターは食品がないと仕事にならん。経済ライターは株が上がったり下がったりしないと書くことがない。ライターはだから帆船なんだよ。書くべき対象とかクライアントっていう風がないところでは走ることができない」
「うーん……」