むべやまかぜを
「伊澤さんはやっぱり、あれだよね、丁寧だよね。自分が必要とされている役回りを過不足無くやってくれる。こちらの指示に対して『ああ、それではこうします』っていう方針をすぐにメールで返してくれて、そのメールの内容とほぼ同じものが上がってくる。律儀な性格だよね。山田のダンナは、やっぱりちょっと、ひねたところがある。メールとかは『勝手にやっとくわ』って感じで、何をするのか深くは言わない。もしかしたら、本人も書き始めないと何が起こるのかわからないのかも。それは、私とちょっと似てるかな。で、上がった原稿、そのままこっちに投げてくる。山田のダンナが、筆は一番早いよね。だから、私も困んないけど。たっつんは……そうだな、たっつんが一番難儀かな。迷ったり、悩んだり、書き直しさせてくれとか一番生真面目。で、その性格がそのままキャラに乗り移っている。本当に読んでて面白いよ」
丸山花世は大いに満足しているようである。アネキ分はそんな物書きヤクザの話に耳を傾けている。
「で、みんなから貰った作品のキャラを見ながら、私が書いている部分のキャラの口調であるとか性格を微調整する。外科手術みたいだよね」
丸山花世はそこでようやく握り飯にありついた。小娘は世の中をなめきっているが、仕事に対してはそれなりに真摯な態度であるらしい。
「たださあ、やっぱり、私は女なんだよね。男連中に一人の女がいたぶられるのはどうも我慢ならなくて。そのことを伊澤のおっちゃんとか、山田のダンナに言ったら、まあ、そういうのは気に入った案を作ってくれって言われたんだけれど、たっつんだけが『男性が絡まないエロはエロじゃない』とか言ってきて。それも、メールだけじゃなくて、わざわざ電話までかけてくるんだよね。伊澤のおっちゃんがとりなしてくれて、私の案を取ってもらったけれど、あのにーちゃんは本当に、エロに対するこだわりが深すぎるよねえ。私なんかに言わせれば、山田のダンナぐらいにテキトーなほうが良いんだけれど」
少女は感心しているのか辟易しているのかよく分からない。
「まあ、一度ぐらいはこういうおかしな仕事のやり方って言うのもいいかもなー」
丸山花世は味噌汁をすすった。揚げと切干大根が入った味噌汁。