むべやまかぜを
カウンター席だけの店で洗い物をしているのは美人の女主人。客は……すでにはけている。店内に流れるのは山下達郎の古い曲。今日の客入りはまあまあ、といったところ、か。
と。
「ういー……」
意味の分からないうめき声を上げながら入ってきたのは、丸山花世である。
「来たわね……」
女主人はどうも、物書きヤクザがやってくることを予期していたようである。
「また雨になっちったよ……嫌だね、雨は」
少女の前髪は僅かに濡れている。
「タオル、あるわよ」
大井弘子からタオルを受け取った少女は曖昧に頷いた。
「ニュー新橋ビルのゲーセンに競馬のゲームが入ったんだ。それをやってた」
問われてもいないのに少女はそのように説明をし、女主人はそんな妹分に味噌汁と大きなおにぎりを二つ、くれてやる。
「ああ、うん。あんがと」
丸山花世はタオルで髪の毛をぐしゃぐしゃと拭いている。
店の主と客。また従姉妹同士。二人の顔は……あまり似ていない。曽祖父が一緒というだけ。ただ、能力だけは似ている。
「どう、うまくいってる?」
大井弘子は訊ねた。『何が』うまくいってるかは問わない。そんなことは、言わなくても分かっているのだ。全ては作品のこと。
「うん。どうなのかね」
少女はぼさぼさの髪の毛のまま言った。
「うまくいってるのかは知らんし、売れるものが書けているのかもわからない。けれど」
「けれど?」
「楽しいな。割合に」
花世は頷いた。
「いろいろな人間の書き筋を見られるのは面白い。まさかそういうことになるのかって、驚くようなことばかりでさ」
人は作品に触れて変わる。読者もそう。作者もそう。
「指示を出すじゃんか。みんなに。で、それが、しばらくすると形になって戻ってくるんだよね」
花世は最初に全ての作品の構成を頭の中で立てている。
?序。リィによる報告
?主人公ヘンリエッタの日常、ならびに女王との交友。
?司祭ヨハンナの赴任
?聖遺物を探索しようとするヨハンナとヘンリエッタの確執
?ヨハンナによる調査。鎧に取り込まれるヨハンナ★
?操られるヨハンナ。女王に対する暴挙★
?ヘンリエッタのヨハンナへの攻撃。ならびに攻撃失敗
?ヨハンナによるヘンリエッタへの拷問★