むべやまかぜを
突然、少女の携帯が鳴った。すでに時刻は夜中の一時を過ぎる。携帯の番号は……物書きヤクザがすでに知っているもの。
「誰だ……ああ、オカジーか……なんだ、いったい。はい、もしもし?」
丸山花世は携帯を取って喚いた。
――もしもし? あの、岡島です。
「何? あれ、オカジーまだ会社なの?」
――ええ、まあ……あの、ラフ、メールで送ったんですけれど、見てくれました?
ラフ。イラスト。もうあがったのか。物書きヤクザは急いでメールを確認する。丸山花世ののパソコンにはすでに何通かのメールが届いている。返信、返信、そのまた返信。岡島のメールであったり、伊澤のメールであったり、あるいは、龍川や山田のメールであったり……。既読のメールの列の一番上に未読のものがひとつ。十七日午後十一時二十九分。件名は『ラフです』とある。
「あ、来てる! ちょっと待って、今、確認すっから……」
メール添付のデータ。データには、女性のラフスケッチが三点。電話の向こうの岡島の声はひどく得意げであるのだ。
――イラストの人に急いでもらいました。
「うん……」
画面に映し出された女性陣のラフスケッチ。丸山花世が描いたものをベースにしているが、やはりプロの絵は違う。
「たいしたもんだね。これはいいや」
黒い髪のハイミス、ヨハンナ。女王セレネは清楚な表情をしている。そして、主人公のヘンリエッタ。毅然としたまなざしが実に良くできている。
「オカジー、このラフ、ほかの人にも送ったの?」
――はい、送りました。
編集殿は少しハイになっているようである。花世も満足している。
「ああ、だったら、これまで私のほうで書きあがったところを、とりあえず、みんなに送るわ。話の内容とかプロットについては、さっきオカジーたちにも送ったけれど」
少女は言い、岡島が応じる。
――え? もう作業はいってるんですか?
「あ、うん。二十キロバイトぐらい……まかないと、時間、間に合わないでしょう」
物語の方向性、内容についてはすでにメールで通知済み。
「ヨハンナが封印を開けようとして、それを、騎士見習いのヘンリエッタが止めようとする、と。ヘンリエッタは聖遺物の守護の家の生まれでそれを守っている。けれど、ヨハンナはそれを聞かずに封印を解いてしまう……」