むべやまかぜを
――記録管マルケスの記録に曰く。メルツェンは人口二十万。ドゥブローの河をはさんだ両岸をはさんで広がるこの都市は、もともとはオクティウムと言ったが、それはドゥブロー河に八本の橋が架かっていたからである。近隣は良質な琥珀の一大産地となっている。この地で採られた琥珀は遠く北海の彼方のアルビオンにまで運ばれる。
丸山花世はパソコンに向かっている。画面を見ているようで見ていない、不思議なまなざし。体はそこにあって心はしかしその場にあらず。半分眠っているような奇妙な表情のまま。それでもキーボードを叩く指先によどみはない。
――メルツェンを治めるのは女王で、名前をセレネと言った。生まれたときが満月であったことから月の精になぞらえてそのように名づけられた。
物語は、王宮付きの記録監リィの報告によって幕を開ける。核心となる事件は全て終わったあと。そのあとで記録監が手記をまとめているというそのような構図となっている。いったい何がどうなっているのか。作品の舞台はどういったもので、そこに出てくる登場人物はどういったものなのか。一番最初に全ての情報を開示してしまう。説明がくどくなりがちだが、それは仕方がないこと。
――国王は娘の生誕に喜び、魔術師達に王女の行く末を占わせた。魔術師達は言った。
「この王女は高貴にして盛運の持ち主。必ずやメルツェンの女王となることでしょう」
国王は喜びながらも、男子ではなく女子が王位に就くことには不満であった。で、あるから国王は『風渡り』と呼ばれる賢者ジゼルを呼んで同じようにして王女の行く末を占わせた。風渡りはさまざまな世界を経巡り、年齢は四百歳を超えているという話であったが、外見は二十歳そこその若造にしか見えなかった。世捨て人は言った。
「光のあるところ影もまた深し」
国王も含めて誰も世捨て人の言わんとすることを理解できなかった。
「うん……こんな感じか」
物書きヤクザはぼそっと言った。