むべやまかぜを
「持ってきな。体が資本なんでしょ、ガテン系は」
「えーと、その、大丈夫だよ」
「新橋のアネキの店に客が忘れていった傘が山ほどあっから。持ってけって」
「ああ、でも……」
龍川は女性にプレゼントを貰った経験は……多分、あるのだろう。傘を差し出されてもぎこちなさのようなものはなかった。
「アネキの店は新橋の烏森口からすぐだし、だから、私のことは気にしなくていいから」
若い作家は、ちょっと考えるようなしぐさをして見せた。気恥ずかしいのか、それとも誰かに借りを作りたくないタイプなのか。
「借りを作りたくないって言うんだったら、その傘、オカジーに渡しといてよ。どうせまた会うんでしょ? オカジーにアネキの店に持ってきてもらうから」
少女はわざと軽薄な笑顔を作った。そして若者は傘を受け取った。
「分かった。ありがとう。それではお言葉に甘えて。必ず返すよ」
「急がなくて良いよ。ほんと傘だけは売るほどあるから。アネキの店は」
龍川は明るい顔を作ると、そのまま傘を持ったまま走り去っていった。そして、見送る丸山花世はぽつりとつぶやく
「……理解者、か」
理解者を得られるというのは、本当に人生に何度もない幸せなこと。たとえそれがどんな相手であっても、理解してくれる相手がいることは幸せなこと。龍川も……多少なりとも幸せな気分になったのだろうか。
「まあ、いいやな。とにかく、今は」
丸山花世のほうは笑顔を消して思案顔となった。それは彼女の作り手としての表情、である。
「まずは名前……名前、だよな」
作品を何としてでも二週間以内にあげなければならない。そうしないとヤクザな娘はどうということもないが、オカジーの給与査定が悲惨なことになるのだ。それに。少女はアネキ分の言葉を思い出している。
「やるだけの価値、か」
たかがエロ。されどエロ。
サラブレッドは結局、G1であっても地方競馬であっても走ることができればそれで幸せ。それと同じで、作り手は作れる場所があれば幸せ。
「ま、やってみっか」
丸山花世は頬に手を当ててうなった。