むべやまかぜを
「『そんなところまでしたくない。そんなことまでするような価値がない。たかがサークルのくせに何を偉そうに。馬鹿馬鹿しい。俺にはもっと大きなことができるんだ。ちまちまとしたことは誰かに任せておけばいいんだ』サークルを辞めたその後輩はそう言っていた。でも、僕には分かるんだ。本当は……そいつは単に怖かったんだって。親の威光も、財産も、車も、何もかもが運命の前では無力だ。そして作品を作ることって一人で自分の運命に向き合うことだから」
その『後輩』は龍川のいったい何? とは花世は尋ねなかった。聞かないほうがいいことは世の中にたくさんある。本人が語るのを待ったほうがいいということもまた世にあふれている。物書きヤクザはただ黙って相手の話を聞くばかりであるのだ。
「中上っていう人は、後輩の弱さを見抜いていたんだと思う。心の弱さ。卑怯さ。愚劣さ。だから、試してみたんだと思うんだ『覚悟はあるのか』って。そして後輩はその一言で遁走してしまった。たった一言だけで。僕は思うんだ。どうして、その後輩は『ある』っ言わなかったのかって。その一言を言えば、きっとそいつの人生って変わったと思うんだ。別に立派な作家にならなくたっていい。偉大な人物にならなくたっていい。最後は夢破れたっていいんだよ。何もかもが壊れてしまっても『ある』って言い切ることできっと何かを得られたはずなんだ。でも、そいつは扉を開けるその前で逃げてしまった。開けて中に何があるかを確かめてみればよかったんだ。若かったんだからいくらでも取り返しってつく。でも、そうしなかった。しなかったんだよ」
少女は何も言わない。ただ、耳を傾けるだけ。もしかしたら龍川が、そんなことを他人に話すのは初めてなのかもしれない。
「僕……僕はそういう負け癖のついた人間を軽蔑する。僕はそういう人にはなりたくない。だから、エロをやっている。だから、みかん箱を前にしてエロ小説を書いている」
「……」
「エロラノベ。そこに出てくるキャラクターはみんなかわいそうな子ばかりだよ。消費されていくだけのキャラ。誰も大事に想ってはくれない、想ってはくれないんだ。そういうキャラの物語。でも、それが僕にはいとおしい。それだからこそ僕はそういう気の毒なキャラの話ががいとおしいんだ」