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むべやまかぜを

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 「ねえ。たっつんは、だったら、どうして、そんなイリーガルな作品を作り続けるの?」
 ハサミムシ。ハサミムシの世界。日の当たらない落ち葉の下の世界。ニッチで、マックス六千の世界。そんな世界にい続けるのは何故? 肉体労働をして、睡眠時間を削って。そこまでしてやるべきことなんだろうか。エロは。そんな必要があるのか。誰にも褒められず、むしろ貶されるだけの作品。山田は言っていた。作品ではなくてツールだと。
 少女の問いに龍川綾二は言った。
 「中上健次っていう人を知ってる?」
 「ああ、うん。作家のお偉いでしょ? もう死んだんじゃなかったっけ? 中上健次がどうしたの?」
 作家。中上健次。丸山花世も著書を何度か読んだことがある。なんでも最後には差別に持っていってしまうワンパターンな人。
 「中上に憧れてる?」
 「ううん。いや、うん……ええとね……」
 若者は少し迷っているようだった。
 すでに有楽町の駅は目の前。夜の帳が下りた月曜日の駅前では、ネオンに照らされたか雨傘がゆったりと行きかっている。家路に着く傘。待ち合わせの傘。どこかに遊びに行く傘があって、これから出勤の傘もある。駅前は人が行きかう場所。多くの人生が交錯する場所。 
 人の丸山花世は行きかう人々を見ながら、同業者の言葉に耳を傾けている。
 「中上がやっていた文学のサークルにさる地方の素封家の跡取り息子がいたんだ。そいつは、お金を持っていて、裕福で、性格も傲慢で……だから、中上という人も腹に据えかねていたんだと思うんだ。中上はそれで言ったんだ。『おまえ、ふざけんな。アルバイトして必死の思いで作品書いている奴がいるのに、おまえは親の金で外車乗り回したりしやがって。まじめに作品と向き合う意思はないのか。本気でやるならば、何もかもを失う覚悟でないとだめだ。おまえにそれだけの覚悟、あるのか?』って」
 随分と……熱い人間である。中上健次。もしも生きていれば、彼は丸山花世のことをどう思っただろう。
 「言われた後輩は、すぐにこう言ったんだ『そんな覚悟はないです』って。それで……そいつはサークルを辞めて去っていった」
 話は続く。だが、駅までの距離がない。少女とガテン作家は自然と足が止まった。
作品名:むべやまかぜを 作家名:黄支亮