むべやまかぜを
気を遣いすぎて磨り減っていく消しゴムのような男。岡島に明日はあるのか。そして龍川の話は続く。
「以前だったら、『エロなんて』って嫌がる人もいたけれど、同人ソフトの人が何億も儲けて。それで大手の版元がそれを取り上げたりするようになってから、風向きって変わってしまった。だから、若い人でもそんなにエロに抵抗がないって言うか」
龍川の言葉は微妙だった。自分と業界の置かれた状況をそれほどは喜んでいない。そのような口ぶりであったのだ。
「いいことだとは思わないの、たっつんは? 自分のいる業界に脚光が当たることが」
「悪いことだよ」
龍川の言葉は少女が驚くほどストレートだった。
「僕らのやっていることはイリーガルとまではいかないけれど、やっぱり裏稼業なんだよ。大手を振って威張れるような仕事ではない。同人のエロも同じだよ。そういうものを……大手の版元が売れるからということで引っ張り出すのは、どこかが狂ってると思うんだ。僕らの仕事は落ち葉の下でこそこそやっているハサミムシみたいなもので。それ以上のものであってはいけないと思うんだ」
「ハサミムシか」
「大手の版元の人も同人の人間をただ掠め取ってくるようなやり方をして、そのことを恥とも思わない。本当だったら、自分で原石を見つけて、探して、育ててっていうのが編集だと思うんだ。自分が育てた花を売る。綺麗に咲かせた花を売る。公衆便所の脇で勝手に生えていた水仙を売り払って、それで自分はブームを巻き起こしているなんて言うやり方は僕にはそれは男らしいやりかただとはどうしても思えない」
「……」
「結局それって、保身だと思うんだ。もしも企画が当たらなくても『同人業界では売れているのでうまくいくと思っていました』って言い訳を先回りして用意しているだけ。自分で誰かを育てないのも、同じ。もしも自分が見つけた原石が活躍しなければ、それはその編集の責任になってしまう。自分が責任を取りたくない。一度手に入れた社員という特権は手放したくない。だから、人の成果を掠めてくる。それは卑怯だよ」
龍川は怒っている。激しく怒っているのだ。少女はそのことよりもむしろ別のことを不思議に思っていた。そして、いつものことであるが彼女は思ったことは口にしないと気がすまない人物なのだ。