むべやまかぜを
マンガ喫茶か、カラオケか、ゲームセンター。新橋界隈で十時過ぎまで遊んでいるというとはいったいどういう人物であるのか。岡島は首をかしげている。物書きヤクザとはこれいかに。
「いったい……どういう人なんですか?」
「どういうって……そうねえ、話をしてみれば分かるっていうか。一口には説明の難しい子だから」
「難しい子……」
と、いうことは、女主人よりも年下ということか。
「能力はあるわよ。根性もあるし、義理人情を大事にするタイプ。だから物書きヤクザ」
女主人は説明をする。
「醒めたものの見方をする割には、すぐに熱くなったり……大人っぽくもあり子供っぽくもあり……」
「はあ……」
岡島の頭の中では『物書きヤクザ』のイメージが膨らんでいる。身長は百八十センチ。体重は百キロ。色黒でがっしりとした顎の持ち主。性別は当然だが男で、ブレザーよりも学ランが似合うタイプ。頭髪はパンチパーマかスキンヘッド……。異様に歯が丈夫で缶詰の蓋を噛み切ることも可能。果たしてそんな人物を自分が御していけるのか? 一抹の不安を覚えた岡島はこう尋ねる。
「その……その、もの書きヤクザは、ちゃんと日本語が通じますよね?」
「そうね……時々通じなかったり通じたり……」
「……」
EPOの曲が有線放送で流れ始める。土曜の夜はパラダイス。そして、その曲が終わる頃に居酒屋に通じる階段を足音が下りてくる――。
「来たわね」
女主人は音だけで理解している。軽い足音。そして若い編集は身構えている。もしもゴリラのような奴が入ってきたらどう対処したものか。だが。不幸な編集者岡島の不安はある意味杞憂に終わり……そして、一方で彼の不安は実際以上に的中することになったのだ。
「ういー」
呼び出しを受けて召還された人物は意味不明な声を上げながら店に入ってきた。地下にいる岡島たちは分からなかったが、どうも外は雨が降り出しているらしい。それも相当強い雨である。
「ひどい雨だ……春雨にしては、ちっと寒いやね」
ずぶぬれになったそやつはぶつぶつと言った。まさに濡れ鼠。
「ええと……」
岡島は、惑乱している。