むべやまかぜを
編集者は身を乗り出している。この女性は……ただの居酒屋の主人ではないのだ。愚痴もたまには言ってみるもの。
「会ってみる? 締め切りは厳守。その点については約束できるわよ。ただ、なかなかに扱いは難しいわよ。言いたい放題の物書きヤクザだし、私と一緒でWCAの人間だから」
「物書きヤクザ、ですか……」
編集殿は苦い顔をしている。片や口先ばかりのライター。で、代役は言いたい放題の物書きヤクザ。何故この業界、まともな人間がいないのか。まさに場末も場末。だが。若い編集殿の立場は微妙なのだ。作品の刊行を今ストップさせれば書店の棚は失われ、上司は烈火のごとく怒るに違いない。
「WCAは、まあ、それはいいとしますよ。あそこは電波みたいな人多いけれど、一方で一矢さんのような普通の人もいるわけですし。変なライトノベルの賞貰って一作で消えてく若手のちんぴらよりはよほどましでしょう」
岡島の言葉に女主人は言った。
「さて。私は普通なのかしら。表面だけで判断をすると思わぬところで足をとられないかしら?」
「……十分もうとられてますから、いまさらもういいですよ」
編集殿はやけくそ気味に続ける。
「ヤクザでもなんでもかまわないですよ。一矢さんが推薦してくれるのであれば。もう、えり好みはできないです」
岡島は承諾し、そこで、女主人も頷いた。
「分かりました。それならばちょっと待ってて。今、電話してみるから」
女主人はそう言って店の電話を取り上げる。使い込まれたコードレスの電話。
「あの子、このあたりで遊んでいることが多いから。マンガ喫茶かカラオケか……ファストフードか。うまくいけば……あ、もしもし?」
回線が繋がり、店の主人はこう切り出した。
「ああ、私です。今どこ? うん、ああ、そう。良かった。ちょっと今、編集の人と話をしていて……うん。そう。手を貸して欲しいの。話を聞くだけで……いいわよね?」
いいわよね? は岡島に対する問いかけ。若い編集者は頷いた。
「わかった。うん。そうして。はい……」
女主人はそう言って電話を切った。
「近くのゲームセンターでメダルゲームしてたみたい。五分ぐらいでこっちに来ると思うわ」
「五分ですか……」