むべやまかぜを
「ミステリ仕立てのエロとかも、あんまり見ないですよね」
龍川は丸山花世の顔を覗き込むようにして言った。どうも、この若い作家は花世が頭の中で作品を組み立てたり壊したりしていることを感覚として理解しているようである。だから、語る言葉のトーンが低い。丸山花世の思考の邪魔にならないように、だが、言葉は相手に届くように。ガテン作家は言葉を選んでリーダーの思考の補助に勤めている。
「四次元ではないですね。官能文庫のほうには時々ありますけれど。企業の調査モノとか……」
岡島が言った。編集殿は龍川のように丸山花世の内面の動きを追いきれていない。だから、語調がいつもと変わらない。
「ミステリもいいけど、トリックを追ったりするのは読者としては面倒くさいと思うんだよな」
博打男が言った。エロ=ツールという意見の持ち主にとってはエロミステリはありえないのだろう。
「エロは情念で、推理は思考。両立させるのは難しい。まあ、そういうのできちんとした良い作品作る自身があるんだったら、こんな寄せ集めの作品ではなくて、丸山ちゃん個人の作品でやればいいやな」
博打男の言葉に伊澤も頷いて言った。
「『いい案は自分のために取っておけ』って奴だよね」
「……だったら、そうだね」
丸山花世はさまざまな函数を頭の中に放り込んでいく。あれもダメ、これもダメ。そうやってダメなものを消していく。同時に、いい物を取り入れていく。
「だったら、どういうものにお客は食いついてんの?」
物書きヤクザは訊ねた。すぐに岡島が応じる。
「やっぱりファンタジーですかね。エロとファンタジーは相性いいんですよね」
丸山花世はさらに尋ねる。
「ファンタジーといっても、バリバリの正統派から、ラノベにありがちな、現実モノにほんの少しだけファンタジー風味っていうものまで、幅って結構あるでしょ?」
少女の問いに龍川が応じる。
「学園モノで少しだけファンタジー要素って結構あるよね。あれ、読者的には分かりやすいよね。いまさら説明する必要はないし。でも、まあ、それでいいのかって気はするけれど。ライトノベルの系統はがちがちのファンタジーはもうほとんど絶滅しているね」
山田が続ける。