むべやまかぜを
女店主はそう言って、客の前に皿を出した。じゃこと紫蘇を混ぜ込んだおにぎりが二つ。
「『できます』『やります』って言っておきながら、いざという時は連絡が取れない。連絡取ろうにも携帯の電話切ってるし……」
若い編集者はほとほと疲れ果ている。口から漏れる愚痴にも元気がない。
「十時迄に連絡入れるとか言って、結局入れてこないし……」
「メールは?」
「どうですかね 無理だと思いますよ……。あの人、メールほとんど使わないし。今時、フロッピー郵送ってねえ。しかも、そのフロッピーにデータが入ってないこともしばしばで……」
編集殿は長年の歯軋りのせいで顔が僅かに左側にゆがんでしまっている。それもこれ全ての元凶は不実なライターやエロ作家、さらにはイラストのいい加減な態度。
「田上さんのイラストも上がってこないし……あの人も『できます』って言って、それできちんとやったためしがないんだよな……」
編集殿は疲れ果てている。
「できないならできないといってくれれば良いのに……」
店の主は笑って聞いている。
「でも……田上さん、画集出たんでしょう?」
「ああ……あれは、ベスト社の編集長が印刷所に田上さんを監禁してようやく上げたって話ですよ」
若い編集は苦りきっている。
「なんでみんなもっとちゃんと仕事できないのかなあ。芸術家肌もいいけど、芸術家気取るほどには才能もないわけだし。たかがイラストレーターの分際でアーティストっていうのも……。コミケで名刺配りまくっている暇があれば目の前にある仕事を片付けるほうが先だろうに……」
「ま、そういうこともあるのでしょう。絵の人はいろいろと難しいし、ナイーブな人が多いから」
店の主は適当に頷いた。そして、若い編集者は言った。
「一矢さん、誰か……誰か、ライター知りません?」
溺れるものはなんでもいいからすがるのだ。それが酒たとえ場の女主人でも……いや、そうではない。この女性は実は……。
「さっきのお仕事の……豊中さんの代役?」
「ええ、まあ……そうです」
「でも……時間がもうないのでしょう?」
「ええ、それもまあ……そうです」
女主人は少し考えて、それからこう言った。
「うーん……そうね。一人知ってるけれど」
「いったいそれは……誰ですか?」