むべやまかぜを
「まあ、でも、なんとかなるんじゃないかな」
伊澤が落ち着いていった。
「修羅場はいつものことだし」
修羅場はいつものこと。まるで蟹工船のような職場である。
「ええと、それで、どんな話にするんですか? 構成とか。僕は何にも考えてきてませんよ」
龍川が言った。いろいろと勝手にしゃべる書き手達に編集も一杯一杯になっている。
「とりあえず、編集としては物語の構成とか、全体の流れについては丸山さんにやってもらおうと思っています。で、エロは皆さんに……」
「え? 私がやんの? 私も何にも考えてないんだけれど……」
勝手に話が進んでいくことに物書きヤクザも多少の不安は感じている。だが。
「ああ、それはいいな。WCAの人がどういう作品の作り方をするのか、僕もちょっと興味あるし」
今度は伊澤が言った。小娘にとってはプレッシャーである。
「うーん、でも、私、エロラノベって書いたことないから、よく分からんのですよ」
「テキトーだよ、テキトー」
博打男が笑った。
「そんなのテキトーでいいんだよ。物語はあればいいってぐらいでさ」
蔡円の言葉に、龍川が反論する。
「いや、それは……ある程度物語は作っておかないと。ただ単に、エロだけでそれで良いだろうというのは極論だと」
「たっつんは難しく考えすぎなんだよ。お客はそんなに細かい部分は望んでないよ。エロけりゃいいんだよ。ツールなんだからさ」
「いや、でも、山田さん、それは自己否定だよ」
「自己否定も何も、お客が望んでいないものを作るのは職人としてやっぱりまずいだろうよ」
「職人って……けれど、枠の中でも最大限の努力をする必要が僕らにはあるはずで、それがないのは怠慢ですよ」
たかがエロ小説で議論を始める男達。酔狂な連中だが、丸山花世はむしろ感心している。
「『これでいい』ばかりでは結局マンネリになってしまいますよ」
龍川は言い、山田は応じる。
「エロの読者ほど保守的な奴らははいないぜ」
再度再度の脱線。この調子では仕事の話に入る前に日が暮れる。そこで伊澤がやんわりと後輩達の話の間に割って入った。
「まあ、それはいいじゃない。とりあえず、作品に対するスタンスはスタンスとしておいておくとして……」