むべやまかぜを
若者は相当興奮している。物書きヤクザは頷いた。
「あ、うん。そう」
「ああ、丸山さん、WCAの人なんだ」
伊澤が少し驚いたようにして言い、そこで、よく分かっていないらしい蔡円が訊ねる。
「え? なんだ、そのWCAって……」
「知らないんですか、山田さん、WCA。ワールドクリエイターズアソシエイションのことですよ」
何をやっているのか。先輩のくせに。工事現場でアルバイトする若い作家は頼まれもしないのに解説をしてくれる。
「作家とか、シナリオライターとか……物語を作ることを生業とする人だけが入会を許されるコミュニティですよ。知らないんですか?」
龍川の言葉には非難するような色があった。
「ああ、世創協のことね。それなら俺も知ってるよ。ちょっと……なんというか、会員の人を前にして言うのは気が引けるがあそこは変な集団だよなあ」
蔡円は言いにくそうにして笑い、一方、若い作家のほうは素直に感動している。
「ああ、でも、すごいな。WCAって入るの難しいんでしょう?」
おかしな興奮をしているガテン作家に丸山花世もちょっと怯んでいる。
「いや、そうでもない。講義受けて。それで、テストやって。それが終わったら認定証とこのお守りが送られてきて。何で通ったのかもよく分からないし、っていうか、あんなテストで何が分かるのか」
「ふーん」
若い作家は安物のペンダントをまぶしそうに見ている。スカラベが転がしているのは丸い水晶球。実際の値段は二、三千円程度のものであろう。
「このペンダント、持ち主の能力が上がって、物語の神様に認めてもらえると」
小娘は適当に言った。
「色が変わっていく……だろう?」
伊澤は人格者にして事情通でもあるらしい。
「ええ。でも、そんなことあるとは思えないんすよね。私も、ずっとそれがほんとか確かめてみようと思って肌身離さず持っているんだけど、今のところ水晶の色が変わったことはない……」
その水晶は、持っている人間が成長するたびに色合いを変え、輝きを増していく。そしてついには物語の神様と交信ができるとかできないとか。小娘丸山花世もそのようにしてアネキ分から教えられていた。もっとも、水晶の色が変わるなどということは常識的にありえないことであるのだが……。